「欧州連合」の不毛と希望
かつて高らかに「欧州はぼくらの運命だ」と言ったのは篠田一士。世界文学に視野を広げていた巨漢のモダニスト批評家らしい言葉だったが、今日のEU混乱はこれを皮肉に裏書きしているのだろうか。
そんなことを思うのが今週末封切りの「サラエヴォの銃声」である。
第1次大戦の引き金になったサラエボ事件の地に立つ高級ホテル。EU代表団を迎える準備の陰で進行する、従業員たちの給与未払いストの計画。それを阻止しようとヤクザを動かす経営者。そしてホテルの屋上では大戦100年を記念したインタビュー番組の収録に余念のないテレビ取材班……。
同時並行的に人間模様を描く典型的な「グランドホテル」形式の映画だが、ボスニア・ヘルツェゴビナ出身の監督ダニス・タノヴィッチは目を見張る鮮やかな手腕で85分間の出来事の中に、国家や民族を超える「欧州連合」の不毛と希望を描きこんだ。傑作「ノー・マンズ・ランド」以来、つねに新作を待ちわびてきたが、今回も期待は裏切られなかった。
原作の一つとされるのがフランスの作家ベルナール・アンリ・レヴィの戯曲「ホテル・ヨーロッパ」。ここでは同じレヴィの「危険な純粋さ」(紀伊國屋書店 2136円)を挙げよう。欧州はもともと民族割拠が当たり前の大陸。そこに民主主義を導くなら他者への寛容が肝心。言葉でいえば当たり前のことを人はなぜできないのかと問う。
なお先行上映中の「汚れたミルク/あるセールスマンの告発」はパキスタンの実話をタノヴィッチと印仏英の製作陣が組んで映画化した旧作。
〈生井英考〉