小役人の「凡庸な悪」と大量虐殺
ナチの元収容所長アドルフ・アイヒマンの戦犯裁判を傍聴した哲学者ハンナ・アーレントは「上からの命令に従っただけ」を繰り返す貧相なアイヒマンの姿に衝撃を受け、「凡庸な悪」という言葉を吐いた。大量虐殺は巨悪の犯罪ではなく、職分に忠実な小役人ならではの罪だとして物議を醸したのだ。
先週末から公開中の「アイヒマンの後継者 ミルグラム博士の恐るべき告発」は、この論議に一石を投じた心理学者を描く劇映画である。
前半で描かれるのは、米エール大の若い専任講師スタンレー・ミルグラムが40人の被験者で行った実験の再現。相手が苦しんで絶叫しても、命じられるまま高圧電流のスイッチを入れるかどうか試したところ、6割以上が命令に従う結果になったのだ。しかしこの実験は、道徳的にも科学的にも欠陥があるとして強く批判され、ミルグラムは勤め先を転々としながら孤立を余儀なくされていく。映画の後半はその葛藤を追う。
戦後70年を機に“ヒトラーもの”が目立つ昨今の洋画界だが、むしろ本作で連想されるのは、福島第1原発問題と小役人根性の醜悪さだろう。
マーガレット・ヘファーナン著「見て見ぬふりをする社会」(河出書房新社 2000円+税)は、アメリカの金融危機や英ブリティッシュ・ペトロリアム社の大事故、そして福島原発などの事例を並べ、「過ちをみすみす見逃す」事なかれ主義を批判して数年前、話題になった本。「生真面目」と「小心」が結びつくと事なかれ主義になり、「想定外」を連発して恥じない貧相な悪が生まれるのである。〈生井英考〉