上質なドキュメンタリーを見た気分
「108年の幸せな孤独 キューバ最後の日本人移民、島津三一郎」中野健太著 角川書店
きわめて上質のドキュメンタリーを見た気分だった。映像が目に浮かぶし、気持ちも伝わってくる。エピローグでは、不覚にも、涙を流してしまった。
著者は、ノンフィクションの映像ディレクターで、本書の主人公は、日系移民一世としてキューバに渡った島津三一郎という人物だ。島津は1927年に20歳で農業移民としてキューバに渡り、以来108歳を迎えるまで、ずっとキューバで過ごしてきた。本書は、島津へのインタビューを中心に、取材時のエピソードや関係者の証言、図書館や役場で調べた関連の事実などをもとに島津の人生を浮き彫りにしている。
私も、テレビ関係の仕事をしているから、よく分かるのだが、番組は時間とコストをかければかけるほど、面白くなる。しかし、現実には厳しい予算制約があるため、なかなか制作者の思い通りにいかない。しかし、著者はキューバへの個人的思い入れから、採算無視で、9年間に及ぶ取材を敢行した。その時間と費用が、本書を珠玉の作品へと仕上げたのだ。
島津の人生は、まさに波瀾万丈だ。キューバに移民したときには、すでに砂糖相場の下落で、ひと稼ぎできるような状態ではなかった。しかし、島津は、スイカ栽培に活路を見いだす。ところが、太平洋戦争の開戦で日本人は敵性民族とみなされ、島津も収容所送りに。戦後解放されるものの、今度はキューバ革命が起こって、キューバは社会主義国になる。ビジネスのチャンスが失われたのだ。さらにキューバ危機後の米国からの経済制裁で、キューバ経済は貧困へと追い詰められる。
そんな激動のキューバを生きてきた島津は、晩年を老人ホームで過ごす。年金は月2000円ほどだが、ホームの費用は、わずか200円。できることはすべて自分でやるが、介護が必要なことは、看護師、医師に加え、周囲が優しくサポートする。庭に出た島津が、うまそうにたばこを吸うシーンは、理想の老後に見える。
キューバは最後の社会主義国と呼ばれ、医療や教育が無料だが、一方で、若者たちは、貧しさから逃れるために命がけの亡命をしていく。資本主義と社会主義の功罪を深く考えさせてくれる傑作だ。
★★★(選者・森永卓郎)