【恋愛小説】待つことの残酷さと不条理
世の中には「ひとめ惚れ」を体験した人と、しない人がいる。前者で、あの刹那に覚えがある人は、この作品の表現すべてが狂おしく感じるだろう。後者でも、恋に落ちて感情の制御不能に陥った人は、胸の痛みに悶え苦しむはず。そう、これは激痛必至の恋愛小説だ。
ただし、惚れた腫れたの稚拙な純愛小説でもなければ、陳腐な不倫小説でもない。待つことの残酷さと恋愛における不条理を描いているのだ。
舞台はロサンゼルス、虚飾と欺瞞に満ちたハリウッドだ。登場人物は俳優で、実在の映画監督や俳優たちが名を連ね、虚実ないまぜに映画界の実情が描かれていく。ハリウッドスターの退廃的なパーティーシーン、過酷な撮影現場のリアリティー、スポットライトを浴びる人々への皮肉まじりの称賛と揶揄……。ハリウッドのゴシップが好きな人や映画好きの下世話な好奇心をも満たしてくれる作品だ。
最大の収穫物は、西欧文明中心思考の愚かさに気づかされる点だ。無意識の差別、偏見、誤解、そして無知。この難しいテーマを「黒人男に恋をする白人女の逡巡」で具現化。甘く切なく、そして冷酷に、西欧優位主義を覆されるのである。
★先週のX本はコレでした
「メシュガー」
アイザック・B・シンガー著
吉夏社 2600円+税