これはショートショートで読む人生訓だ
「宝くじで1億円当たった人の末路」鈴木信行著/日経BP社
最初にタイトルを見たとき、この本は1億円を当てた人を何人も追いかけたドキュメンタリーだと思った。しかし、そうではなかった。宝くじに当たった人の話は、23あるテーマの冒頭を飾る一編に過ぎない。また、本書はドキュメンタリーでもない。本書の本質は、「ショートショートで読む人生訓」だ。
仕掛けはこうだ。人生の分岐点で、一つの選択をしたときの影響を、日経ビジネス副編集長を務める著者が、専門家にインタビューする。それをそのまま掲載したあとに、著者の解説をつける。その繰り返しだ。著者がインタビューをする専門家は、一つのテーマにつき一人だけだ。だから、それが本当に正解かどうかは分からない。
例えば、「家を買うべきか借りるべきか」というのは、経済評論家のなかで、意見が真っ二つに割れる問題だ。それを本書は、「借りるべき」と断言する。私自身は、購入派なのだが、本書の主張に腹が立つことはない。賃貸のメリットをきちんと、ていねいに解説しているからだ。「購入も賃貸もそれぞれにメリットとデメリットがあります」なんてことを言われるよりずっと、すっきりしていて、気持ちがよい。
また、本書に収められた専門家のアドバイスには、ハッとさせられるものも多い。「海辺のまちでのんびり暮らしたい人の末路」というテーマがある。引退したら、貯金を食いつぶしながら、のんびり暮らしたいと、心の片隅で私も考えている。ところが、本書のアドバイスは、「移住した後も、働け」ということだ。人間は、貯蓄が減り続ける不安に耐えきれないらしい。私は、貯金を食いつぶす生活の経験がないので、分からなかったが、そんなものかもしれない。
そして、本書の最大のメリットは、各テーマがコンパクトにまとまっていることだ。だから、通勤電車が次の駅に着くまでに1テーマを読み終えることができる。人生訓は、延々と読んだらうんざりしてしまう。人生は自分で選ぶものだから、他人の意見は、あくまで参考に過ぎないのだ。
その意味で、本書は通勤かばんのなかに忍ばせて、軽い気持ちで読むのに最適の本なのだ。
★★半(選者・森永卓郎)