「あやしい美人画」松嶋雅人著
男たちの理想や欲望を結晶化させたような世の多くの美人画とは一線を画し、見る者の心を逆なでするような女性たちの姿を描いた絵画を集め、紹介するアートブック。
古くから女性は絵画の重要な主題であり、庶民が親しんだ浮世絵でも美人画がもてはやされた。しかし、明治維新後、西洋の思想や価値観が浸透すると、美人画においても個性や自我といった人の内面を描くことが重要視されるようになり、女性を見た通りに描くだけでなく、その心情までを描こうとする試みが始まった。さらに女性自身の思いや個性を、見る人に違和感を持たせるほどの表現によって表そうとする画家たちが登場。
そうして描かれた絵は、当時、賛否が問われたものも数多い。しかし、画家は女性のうちを描かずにはいられない「あやし」を見いだしたのである。そんな醜さや恐ろしさと表裏一体の不思議な生命力が宿ったあやしい美人画は、人々の心を惑わしながらも魅了する絵画となった。
百聞は一見にしかず。甲斐庄楠音が描く一連の女性たちは強烈だ。歌舞伎の主人公である愛する男のために悪事を重ねる悪女を真似る兄嫁を描いた「横櫛」、赤い着物を着て狂おしく踊る女性がまるで炎に包まれているかのように見える「幻覚」など、その口元にうっすらと浮かぶ微笑の真意が分からず見る者の心を粟立たせる。
島成園の「無題」は、画室で制作途中の絵の前に座る自分自身を描いている。漆黒の着物を着て正面を見つめるその顔には、実際にはなかった痣が描き込まれ、世を呪う心持ちを描いたという。
高橋由一の油絵「花魁」は、多くの人がお目にかかったことがない高根の花の花魁を、偶像ではなく現実の存在としてリアルに描く。そのごつごつとした質感に、モデルとなった遊女は完成作を見て泣いて怒ったそうだ。
その他、速水御舟が「人間の浅ましい美しさ」を描いたと語る「京の舞妓」、源氏物語に登場する嫉妬に狂う六条御息所の生霊を描いた上村松園の「焔」、河童にしがみつかれて水底へと沈む女を官能的に描いた橘小夢の「水魔」など、作品の中に見る人の数だけドラマが生まれ、さまざまな感情を喚起する。
江戸時代の浮世絵師の作品から現代のマンガに登場する少女像まで、幅広い時代、作品群から「あやし」美人たちが勢ぞろい。優等生的な美人画にはない妖気をはらんだその美しさが、酷暑の夏にひとときの涼を感じさせてくれる。(東京美術 1800円+税)