「キッズファイヤー・ドットコム」海猫沢めろん氏
子育てに疲弊している人が多い。政府は少子化対策だ、子育て支援だ、と口では言いながらも、結局のところ何も変わっていない。本書はそんな現代社会を舞台に、ひとりのホストが、ネット上で多くの人からお金を集めるクラウドファンディングによる育児支援システムを立ち上げ、社会全体で子育てするという、イクメン小説だ。
「妻が病気で倒れて、ワンオペ育児を経験したことが発想の源です。育児の何が大変って、体力よりも自分の感情ですよね。イライラしたり、カッとなったり、しかも、これが永遠に続くと思うと絶望的になります。シングルファーザーが我が子を殺す事件もありましたが、気持ちはわかりますね。でも、育児支援にはそうした感情に寄り添うより、むしろ機械的なオペレーションの方がうまくいくと思ったのが、この小説を書いたきっかけです」
主人公は新宿・歌舞伎町のカリスマホスト・白鳥神威。ある日突然、家の前に赤ちゃんが置かれていたことから、奇想天外な育児奮闘記が始まる。
「子育てから最も遠いところにいるのがホストですからね。昔、ホストが育児に奮闘する映画もありましたが、愛情を持って育てなきゃいけないとか、本当の母親捜しを始めるという話でした。でも、この小説は真逆です。愛情も家族もいらない、母親も捜さなくていい。人情で泣かせる系の小説ではなくて、ホストがITを駆使して、出資者みんなで子育てしていく物語なんです」
神威は、IT会社の社長となった三國孔明とともにプロジェクトを立ち上げる。基本プランは50万円で子供の成長記録が一生、閲覧可能というもの。他にも命名権、進路決定権、死ぬ間際に手を握ってもらう権利など、子供の成長に合わせた各種プランがあり、出資者はソーシャル子育てに参加できる仕組みだ。
まずはネットでの炎上を仕掛けて、巧みに拡散を試みる神威。
「非人道的」「出資詐欺」などと激しい批判を受けながらも、徐々にメディアで取り上げられ、話題になっていく。
そして、後編の「キャッチャー・イン・ザ・トゥルース」では、ソーシャル子育てシステムで育った、くだんの赤ちゃんは6歳になる。その名も“KJ”。2021年の東京を舞台に、彼がどのように成長したかが描かれている。
「これはフィクションですが、子育てクラウドファンディング自体は現実的だと思うんです。政府も来年、『子育て支援くじ』って宝くじを売り始めますよね?これもある意味でクラウドファンディング。ショボいけど一番効率がいいし、大義名分もある。買うことでいいことをした気分にもなれるし。老人の富を再分配し、気持ち良くお金を払ってもらうため、全国の保育園もクラウドファンディングを導入したらいいと思うんですよね」
「日本、死ね」のネット投稿で浮き彫りになった保育園問題にも言及し、説得力のある奇策が描かれている。そしてラストには、子育てに疲弊した人の心にそっと寄り添う言葉がつづられる。
「問題は、子育て真っ最中の人はコレを読む時間がないことです(笑い)。『そんな時間はねえ!』っていうのがオチなんですけどね」
(講談社 1300円+税)
▽うみねこざわ・めろん 1975年、大阪府生まれ。高校卒業後、ホスト、DTPデザイナーなどを経て2004年、「左巻キ式ラストリゾート」でデビュー。「零式」「全滅脳フューチャー!!!」「ニコニコ時給800円」「夏の方舟」「愛についての感じ」などの小説のほか、エッセーやルポも執筆。ちまたで人気のアナログゲームを制作するユニット「RAMCLEAR」代表も務める。