「心に響く樹々の物語」ダイアン・クック、レイ・ジェンシェル著 黒田眞知訳
屋久島の縄文杉や福島県の三春滝桜のように、何千年、何百年と風雨に耐えながら、微動だにしない巨木の前に立つと、その物質としての存在感に圧倒され、敬虔な気持ちになり、誰もが哲学者になる。自分が生まれるはるか前からそこに立ち、自分のいなくなった後の世の中を見続けるその存在に時空のスケールを感じるとともに、その孤独な立ち姿に胸を打たれるからだ。本書は、そんな歴史的に意義がある木や、人々にインスピレーションを与えてきた木など、世界各地の59カ所の木と、その木にまつわる物語を紹介する写真集。
地球上で最高齢の樹木は、アメリカ西部原産の「ネバダイガゴヨウマツ」。樹齢5000年を超える個体も見つかっていると聞くと、そびえるような巨木を思い浮かべてしまうが、その実態は、背が低くねじれにねじれ、立ち枯れているかのように静かに荒野にたたずんでいる。
メキシコのオアハカ州の小さな町にある「メキシコラクウショウ」(ヒノキ科)の巨樹は、離れた場所から見ると、たった1本なのにうっそうとした森そのもの。それもそのはず、幹回りが42メートルという驚異的な大きさなのだ。先住民たちは、この木を文化の誇りの源、不死の象徴として、崇敬の対象としてきたという。
同じように祈りの対象となっているインドネシア・バリ島の「ブヌッ・ボロン」と呼ばれ親しまれるベンガルボダイジュの霊木は、より人々の生活に身近にある。道路計画のためにやむなく幹の真ん中にトンネルがつくられ道路が通されているのだ。
オーストラリアの先住民アボリジニの人がかつて納骨堂として使っていたという樹齢1500年のバオバブの木、建国200年を迎える米国に祝いの品として広島の盆栽家から贈られた原爆の生き残りの樹齢400年のゴヨウマツの盆栽、活動家が2年間樹上で暮らして伐採から守った米国カリフォルニア州のセンペルセコイアの「ルナ」(活動家が命名)など、写真を眺めているだけで森林浴をしたように心が洗われた気分になる。
風景写真の大家である著者らの木々の写真は、その歴史と存在感、そしてそれぞれの木の周囲を満たしている清涼な空気まで伝える。
しかし、木が見てきたのは、自然を敬い、神を信じる人々の純粋な心だけではない。カンボジア・プノンペンの「虐殺刑の木」と呼ばれるアメリカネムノキは、ポル・ポト政権による大虐殺のさなか、子どもの両足を掴み、頭を木に叩きつけて殺すために用いられたという残酷な歴史の目撃者でもあるのだ。
それぞれの木々が紡いできた物語にじっと耳を澄ませていると、一本一本が地域の人々、そして人類にとってかけがえのない存在であることがひしひしと伝わってくる。
(日経ナショナル ジオグラフィック社 2750円+税)