欧米やキリスト教の強い国で働くビジネスパーソンの必読書
「キリスト教史」藤代泰三著/講談社学術文庫2017年11月
一冊で日本と世界のキリスト教の歴史と教義がわかる、とても便利な本だ。初刷が1979年、2刷りが1986年に出た。その後、絶版になっていたが、古本市場では1万円以上の値段がつくこともあった。著者の藤代泰三氏(1917~2008年)は、長らく同志社大学神学部で教壇に立った神学者で、評者も授業やゼミを通じて強い影響を受けた。
藤代氏は、日本人がキリスト教を受容する際に仏教、神道、儒教の精神的伝統を受けたことを強調する。そして、日本型のキリスト教を形成すべきであると主張する。キリスト教の土着化を藤代氏は生涯を通じて追求した。
実用書としても本書は有益だ。本書を通じて身につけたキリスト教と欧米文化に関する知識が、外交官になってからとても役に立った。西欧、ロシア、北米、中南米だけでなく、フィリピンや韓国などキリスト教の影響が強いアジア諸国で勤務することになるビジネスパーソンにとっての必読書だ。
キリスト教に関する知識だけでなく、人生について考えるときにも本書は有益だ。藤代氏は「旅人」という概念を重視する。
<旅人という概念は、旧約聖書にもあるし、新約聖書、ことにヘブル人への手紙第一一章にもある。アウグスティヌスは、『神国論』のなかで、キリスト教徒はこの世にあって旅人であり、彼らはその永遠のふる里である天上の国へと旅を続けているという。まさにわれわれキリスト教徒の実存はそのようなものである>
人生は長い旅で、その過程でいろいろなことがある。ひどい苦難に遭遇しても、神が旅人であるわれわれを必ず守ってくれるというのがキリスト教の教えなのである。鈴木宗男事件に連座して東京地検特捜部に逮捕され、東京拘置所の独房で512日間を過ごした経験を通じて、評者自身も神によって守られた旅人であることを実感した。
学歴、出世、年収などは天上の国への旅という究極目標からすれば取るに足りないことなのである。こういう世俗的な価値よりも信頼、希望、愛は目に見えないが、確実に存在する概念を大切にすることを藤代氏は本書を通じてわれわれに説いている。★★★(選者・佐藤優)
(2017年11月9日脱稿)