医学界が反論できなければ近藤理論を認めたことになる
「あなたが知っている健康常識では早死にする!」 近藤誠著/徳間書店
著者の近藤誠氏は、独自のがんに対する考え方で有名になった医師だ。著者の主張では、がんと呼ばれているものには2種類あり、ひとつは転移をしないがんもどき、もうひとつは転移をする本物のがんだ。がんもどきは悪さをしないので、放っておけばよい。本物のがんは、どんどん転移していくので、治療が難しい。無理をして抗がん剤や放射線治療をすると、正常な細胞を壊すために、かえって余命を縮めることになりかねないという主張だ。
いまの医学界の標準治療を真っ向から否定する著者の主張に反発する医師も多く、いまだに論争が続いている。
ところが、論争に決着がつかない中で、がん以外の分野も含めて医学界の常識に挑戦状を叩きつけたのが本書だ。
とにかくその内容がすごい。健康診断や人間ドックを受けると、本来なら治療の必要がない症状にまで医療の介入を受けるので、かえって死亡率を高めてしまう。いまの標準体重は実はやせすぎで、そこに向けて無理なダイエットを行うと、短命になる。推奨値まで塩分を抑えると、2倍以上死にやすくなる。血圧は加齢とともに自然と上がっていくものであり、一律の高血圧の基準を満たすために降圧剤を飲み続けると、短命になる。
こうした「非」常識の主張を、海外の論文やデータを交えて展開していくから、そこには極めて強い説得力がある。
もちろん、医学界は猛反発するだろう。ただ、私が本書を読んで思ったのは、医学の治療と経済政策は非常に似ているということだ。ひとつは効果の不確実性だ。患者によって、あるいは時期によって、効果が出る場合と出ない場合がある。金融緩和といった経済政策も常に100%の効果があるわけではない。そしてもうひとつは、物理や化学と異なり、実験を繰り返せないことだ。治療の後戻りができないのだ。
だから、治療の有効性に関しては、大量のデータから推測するしかない。それで意見が分かれるのだ。経済学では意見が分かれると、経済論争が行われる。だから、この本への医学界の反論を私は読みたい。もし彼らが無視を決め込めば、本書の主張が正しいと認めることになるだろう。
★★半(選者・森永卓郎)