レニングラード包囲の872日間を描く日記文学
「レーナの日記」エレーナ・ムーヒナ著 佐々木寛・吉原深和子訳/みすず書房 3400円+税
今年はロシア革命から100年。その革命後約四半世紀たった1941年6月22日、ナチス・ドイツはソ連に侵攻した。9月8日には、レニングラード(現サンクトペテルブルク)を封鎖・包囲し、以後44年1月27日までの872日間、レニングラード市民は食料と燃料の供給を断たれ、餓死者80万人、爆撃・砲撃による死者20万人を出したといわれている。
本書は、この包囲戦の中で生きた16歳の少女レーナの41年5月22日から42年5月25日までの1年間にわたる日記を全訳したもの。初めのひと月はいかにも思春期の少女らしく、話題はもっぱら男の子のことで、たまに勉強のことといった感じ。それが6月22日のドイツ軍侵攻をラジオで聴き、「もっとも恐ろしいことが起きたのだ」と、雰囲気が一転する。しばらくは祖国の勝利を信じ、ボーイフレンドのことを書く余裕もあったが、9月に入ると空襲が頻発し、10月には町中で初めて死体を見て、戦争の恐ろしさを肌身で知るようになる。
そして寒さの到来と軌を一にするように食料が乏しくなり、11月以降はほとんどが食べ物の話題になっていく。養母のエレーナ(実母は病気で同年7月に死亡)と同居人のアーカとの女3人暮らしのレーナの家にも飢餓が襲いかかり、アーカ、次いでエレーナが命を落とす。
ひとりぼっちになったレーナは、「ああ、いったいどうやって一人で生きていくというのだ」と嘆きながら、ゴーリキー市(現ニジニーノブゴロド)に住む伯母のもとへ疎開するべく煩雑な手続きを粘り強く続け、ようやく疎開の許可が下りたところで日記は終わる。
日記は長い間、文書館の奥で眠っていたが、偶然70年ぶりに日の目を見たもの。その時、既にレーナはこの世を去っていた。この日記が貴重なのは、自らの境遇を冷静に、時にユーモラスに描いているところで、その筆力には目を見張らされる。上質な日記文学としても今後、長く読み継がれていくことだろう。
<狸>