“未来の計画”を立て早起きするチンパンジー
「動物の賢さがわかるほど人間は賢いのか」フランス・ドゥ・ヴァール著、松沢哲郎監訳、柴田裕之訳/紀伊國屋書店 2200円+税
古来、人間とは何かという定義が種々なされてきた。いわく、ホモ・サピエンス(知恵ある人)、ホモ・ファーベル(工作する人)、ホモ・ルーデンス(遊ぶ人)、ホモ・シンボリクス(象徴を使う人)、ホモ・パティエンス(苦悩する人)……。その根底にあるのは、そうした高度な技術や感情を有するのは人間特有で、それが他の動物と区別されるゆえんであるという考えだ。しかし、人間だけが特別だなどと本当にいえるのか? そんな疑問を呈し、豊富な実例から具体的に反証しているのが本書である。
たとえば道具の使用。野生のチンパンジーは堅い木の実を割るのに、土台になる平たい石の上に木の実を載せ、手の中に収まる石でそれを割る。ニューカレドニアカラスは自分で鉤(かぎ)状に加工した枝を木の隙間に差し入れて甲虫の幼虫を釣り出す。
では、共感能力はあるのか。海面下でダイナマイトが爆発し、気絶した1頭のイルカが海面に浮かび上がった途端、2頭のイルカが両脇から持ち上げ呼吸できるように助けた。
動物は未来の計画を立てることができない? あるチンパンジーの群れは、目標のイチジクの実が遠くにあるときは近くの時よりも早く起きて、同じ時刻に着くようにしている。
ほかにも、マキャベリ的な権謀術数をめぐらして己のポジションを確保するチンパンジー、敵か味方かを声だけで峻別(しゅんべつ)できるゾウ、人間を見分けるタコ……といった興味深い観察例や、動物たちの多彩な能力が紹介されている。
となると、「獣のような」とか「動物以下」といった言葉に象徴される、人間がピラミッドの頂点に立つのを当然とする考えが揺らいでくる。果たして人間はそんなに賢いのか、と。著者のいうように「人間も動物である」というところから始めてこそ、人間というものの新しい定義が生まれるのではないだろうか。
<狸>