「旧ソ連遺産」ラナ・サトル著
旧ソ連時代に建てられ、放置されたままの建物などを撮影した廃虚写真集。日本でも廃虚探索の愛好家は多く、写真集も数多く出版されている。しかし、本書は、そうした廃虚写真とは一線を画す。日本での被写体の多くは、廃業したホテルや病院、廃トンネルなどだが、本書の著者が潜り込むのは核施設や軍事施設なのだ。
ページを開けると真っ先に飛び込んでくるのが、ソ連海軍分析センターの宇宙防衛システムの銀色に鈍く輝くレドームやパラボラアンテナ群だ。ほこりをかぶったいかにもソ連らしい武骨なコントロールパネルなど、外観だけでなく、その内部の様子までカメラに収める。
次に登場するのは、なんと原子力発電所だ。旧ソ連が開発したRBMK(黒鉛炉)原子炉などの設備がそのまま残っており、建屋の核心部にまで入り込んだ写真につい残留放射能などを心配してしまうが、実は未完のまま放置された発電所らしい。しかし、規則正しく並んだ配管や原子炉建屋に設置された核燃料交換用クレーンなど、老朽化や荒廃化は見えるものの、すぐにでも稼働ができるような完成度で、それを放置せざるを得なかったソ連解体時の混乱ぶりまでもがしのばれる。
原子力施設はこれだけではない。地域暖房用に設計・建築された原子力施設では、原子炉保護容器の内部にまでカメラが入る。
それぞれの写真にわずかなキャプションが添えられているだけで、許可を得ているかなどの撮影の経緯は分からない。モスクワ郊外の工業都市で生まれ育ったという著者は、12歳のころから、工業施設のフェンスの抜け道を探し出し、ベストビューポジションを探し出すのを唯一の楽しみにしてきたという。驚くことに著者はうら若き女性なのだ。しかし、その被写体はさらに男前に、さらに過激になっていく。
花崗岩の山をくりぬいて建設された核兵器貯蔵庫。核弾頭はすでになく、分厚い扉とパイプ配管のみだが、いたるところに放射能を警告するあのマークが貼られ、いかにも物々しい。さらにMiG―25戦闘機やAn―12輸送機、M―17高高度偵察機など、軍用機などがずらりと並んだ飛行機の墓場のような場所、そしてソ連時代から現在までロケットエンジンの開発・生産を行っている企業の科学実験施設(こちらはかなり老朽化が進んでいるのだが、実はまだ現役だそうだ)まで。
ソ連崩壊という歴史の事実を知っているだけに、我々はすぐにこうした廃虚に負の物語を重ねてみようとしてしまうが、「動きを止めた機械は、稼働中のもの以上に美しい」という著者の写真は、あくまでも廃虚の中に美を見いだす。
日本ではまず撮影不可能な、超ド級の廃虚写真集だ。
(三才ブックス 2000円+税)