「ジャズの肖像 ポートレイチャーズ」阿部克自写真、行方均監修
10年前に亡くなった世界的ジャズ写真家・阿部克自氏の作品を編んだ写真集。
ジャズに詳しくない人でもその名を知るフランク・シナトラやマイルス・デイビスらの大スターをはじめ、ジョン・コルトレーンや秋吉敏子ら、一時代を築いた錚々たるジャズ界の大御所ミュージシャンや歌手約100人を撮影した写真が並ぶ。
楽屋でメークするサラ・ボーンやスタジオでレコーディング中のヘレン・メリル、トランペットを手におどけるクラーク・テリーら、数枚のスナップショットはあるものの、そのほとんどはステージで楽器を奏でたり、熱唱しているか、またはカメラと正面から向き合ったポートレートである。
多くのジャズ写真は、その音楽の特性である即興性と呼応するようにライブ感を重視するが、氏の写真はそれがたとえステージ上であっても、構成やライティングなど隅々まで計算し尽くされ、「偶然性を排除して描き込まれた肖像画(ポートレイチャーズ)」(行方氏)のように一枚一枚が丁寧に撮影されている。
こうした作品の多くは、活動の拠点としていたニューヨークで交流したミュージシャンたちとの信頼関係から生まれた。
親交があった音楽評論家の悠雅彦氏は、氏を「偉大な音楽家の人生について、すなわち彼(彼女)の生き方を丸ごと切り取って一枚の写真の中に象徴的に輝かせることのできる、たったひとりのジャズ写真家」だったと評する。
1986年、デューク・エリントンの誕生日に合わせて発行されたアメリカの記念切手に、星の数ほどあるこの偉大なミュージシャンの写真の中から氏の作品がソースとして用いられた事実が、何よりも悠氏の言葉を裏付ける。
こうした功績が認められ、氏は2005年に日本人として初めてジャズ写真家の最高の栄誉「ミルト・ヒントン・アワード」を受賞している。
氏の写真が端正なのは、もうひとつ理由がある。写真家である前にデザイナーでもあった氏は、デザイナーとして満足できる写真がなかったから自らカメラを手にしたともいう。本作に収録された「ポートレイチャーズ」シリーズは、レコードジャケットに使用することを想定して撮影されたと思われ、デザイナーとしての自身の要求に応えるべく、撮られているからだ。
そんな氏の写真を使用したり、自身がイラストやデザインを担当した国内外のレーベルによるレコードジャケットなども紹介し、多彩で幅広い、その仕事を網羅する。
心を許した者のみに向けた大御所たちの見たこともない表情に出合えるジャズファン必携の書だ。
(シンコーミュージック・エンタテイメント 3704円+税)