紙の話なのにネット業界にいる私が発奮
「80’s ある80年代の物語」橘玲著/太田出版/1600円+税
著者は1959年生まれ。1980年代から雑誌を作り始め、そこで展開されたドタバタ騒ぎ(ただし筆致がクールなため、内容はむちゃくちゃなのにオシャレに感じられる)を描くとともに、その時々の文化を紹介していく。
ドストエフスキーをロシア語で読めば感動が増幅すると思い、大学ではロシア語学科に入るも――というところから始まり、筆者の「記憶」をもとに2008年までの体験と文化も描かれる。途中、差別表現をめぐる出版社と抗議団体のやりとりなどのほか、オウム真理教事件や周囲の人間が詐欺事件で逮捕されることなども紹介される。
著者は私より14歳年上で、雑誌が元気だった時代(陳腐な表現だが)をよく知る人物。ところどころ景気の良い話が入っている。
広告記事を作ったところギャラが振り込まれなかったため、マガジンハウスに問い合わせたら、「金額は君たちで適当に決めて、請求書を送ってよ」と言われ、「かなりの金額を記入して請求書を郵送した」という。するとそれがそのまま振り込まれたというが、当時、同社の女性誌an・anは、大手デパートから1ページ当たり1000万円の広告費を取っていたのだという。うらやましい!
また、自分自身の会社の給料は10万円だったが、電通絡みの仕事でHONDAのインタビュー記事を書いたところ、3倍近い金額が振り込まれたという。
不良少女向けの雑誌を作っていたのだが、その後、国会で問題視されるような内容も満載だったようだ。
〈セックスのときに役立つ避妊法や、補導されないテクニックも評判がよかった。でも、いちばん反響があったのは家出などの体験手記だ〉
もっとも、何か新しいものをつくろうとすれば軋轢が生じ、お上から叩かれてやめざるを得ない。筆者の作っていた雑誌も結果的に廃刊に追い込まれる。
現在でこそ筆者は日本を代表する作家のひとりとなっているが、同氏の若き日々は決して順風満帆ではない。ただ、このときの体験があるからこその今の同氏があるのでは、と思わせる。
今、ネットではメディアが多数登場しており、私もその渦の中にいる。自分で言うのもなんだが、それほど「文化」をつくっている感覚はない。村上春樹が過去に書いた「文化的雪かき」の度合いがさらに強まった感がある。また、タブーとされるものは、とにかく避けるところから入り、とか無難である。紙の話が書かれているのに、ネット業界の私が発奮させられる書だった。
★★★(選者・中川淳一郎)