問題を解く力と数学の能力はまるで無関係だった
「数学を使わない数学の講義」小室直樹著/ワック
数式をまったく用いずに、数学の重要性と実用性について解いた名著だ。小室直樹氏は、数学のオペレーション能力(計算や作図などの操作)と数学の論理を理解することは、別の問題であると考え、こう述べる。
<素人は、すぐ因数分解や幾何の補助線の引き方のうまい人が、とりもなおさず数学の得意な人だと思いこんでしまう。だが、これほどとんでもない誤解はない。そんなものは、数学の能力とあまり関係がない。実は、専門の数学者にしてすでにそうなのである。私が京大数学科の学生時代、溝畑茂助教授は、「練習問題を解く力と数学の能力とは、まるで無関係」と明言されたことを記憶しているが、まさに数学とはそんなものなのだ。中学や高校のとき数学が苦手で落第点ばかりとっていた人が、後年、偉大な数学者になったといった例はいくらでもある>
それでは、数学は現実の社会で、具体的にどのように役に立つのであろうか。小室氏は、欧米人が面従腹背を是とする背景に集合論があると考える。
<集合論的なものの考え方をする欧米諸国においては、ここからここまでは内面の問題、ここから先は外面の問題というふうに、内面と外面が、理念的にはピシッと二分されている/(中略)キリスト教的なヨーロッパにおける君臣関係の基本は、外面的行動において主君との契約を守るかどうかだけであり、内面は関係ない。いわば、日本人がもっとも嫌う面従腹背でOKなのだ。内面と外面の区別を知っている国と知らない国とでは、考え方において、かくも大きな差が出るのである>
小室氏の説明には説得力がある。現代の数学は、欧米的な思考の延長にあるのだ。その意味で、普遍的学問のように理解されている数学も文化拘束性を免れていないのだ。
小室氏は、京都大学理学部数学科を卒業し、大阪大学大学院経済学研究科と東京大学大学院法学政治学研究科を修了した、文理双方に通暁した「知の巨人」であったが、大学や学会のような制度化したアカデミズムからは、ほとんど無視されていた。こういう在野の知識人の知恵が、21世紀に日本人が生き残るために必要とされる。
★★★(選者・佐藤優)