「温泉天国」杉田淳子著、武藤正人編
温泉旅館にこもって原稿を書くという定番の作家像があるせいなのか、作家が温泉について書いたエッセーは数多い。大人の楽しみを伝える「ごきげん文藝」第1弾の本書は、数々の作家がつづった、温泉エッセーを集めたエッセーアンソロジーだ。ページをめくれば、有名どころから、知る人ぞ知る秘境の湯まで、意外な作家が漬かった湯を追体験できるので、本書をガイドに温泉巡りをしたくなりそうだ。
脱獄囚が泊まり込みにくるという、いわくつきの温泉の思い出をつづった吉川英治の「ぬる川の宿」や、混浴の温泉で偶然一緒になった少女の裸体に目がくぎづけになったエピソードを描いた太宰治の「美少女」、死者をも蘇らせる霊力のある湯を求めて和歌山の湯ノ峯温泉を訪ねる荒俣宏の「濃き闇の空間に湧く『再生の湯』」、地熱発電も盛んなアイスランドの温泉体験をつづった村上春樹の「温泉だらけ」など32編。
名作を編み出した作家たちの創作の源泉が見えてくる。(河出書房新社 1600円+税)