「ピラミッド」ヘニング・マンケル著 柳沢由実子訳
刑事ヴァランダー・シリーズの第10弾だが、これまでの作品を未読の方にぜひおすすめしたい。
スウェーデンの警察小説としては、1960年代のスウェーデン社会を描いたマイ・シューヴァル&ペール・ヴァールーのマルティン・ベック・シリーズが有名だが、激動の1990年代を背景にしたこの刑事ヴァランダー・シリーズはその名作に匹敵するシリーズといっていい。しかしすでに9作まで翻訳されているシリーズを最初から読むのは大変だ。そういうときに、本書は最適の入門書になるだろう。というのは、これは若き日のヴァランダーを描いた番外編だからだ。
5編を収録した作品集だが、そのうち2編が20代のヴァランダーを描いている。特に、冒頭の「ナイフの一突き」は、巡査部に勤務してデモ隊を取り締まる仕事に(この短編の時代背景が1969年であることに注意)鬱屈している22歳のときだ。刑事部に移りたくて焦っている若きヴァランダーの必死の捜査が描かれるのだが、いつも感情が先走るこの男の性格は、若いときから変わっていないことを知ることができて感慨深い。
2015年の著者の死によってシリーズの続刊を読むことがもうできなくなってしまったのは残念だが、未訳作品がまだ2作残っている。この作品集を読みながら、それが翻訳されることを待ちたい。北欧ミステリーの凄みが、ここにある。(東京創元社 1400円+税)