「ふたりみち」山本幸久著
野原ゆかり67歳は、函館五稜郭近くで後期高齢者の客を相手に4坪半のスナック「野ばら」を経営している。彼女は元歌手である。芸名はミラクルローズ。レコードは7枚しか出したことがない。あとは細々と歌手活動をしてきたが、30年前に引退してこのスナックを開いた。
その野原ゆかり、いや、ミラクルローズがスナックを休んで旅に出る話である。もう一度全国を歌ってまわるのである。もっともその舞台は、旅館の宴会場や病院のロビー、そして公民館だったりする。つまりはドサまわりだ。さらに、リクエストがあれば、マドンナ「ライク・ア・バージン」から、荻野目洋子「ダンシング・ヒーロー」、井上陽水「少年時代」、そしてドラえもんの主題歌まで、なんでも歌う。いちばん得意なのは、「愛の讃歌」だ。つまり歌謡ショーというよりも、カラオケ大会のようなものといっていい。その旅は、12歳の少女との奇妙な2人連れであることも書いておきたい。
旅の途中に、彼女がどうやって歌手になったのか、どういう人生を送っていたのか、少しずつそれらのドラマが挿入されていく。すると、1人の女性の人生が、鮮やかに立ち上がってくる。古希に近い老婆で、後期高齢者相手に狭い店で酒を飲むしかない1人のおばあちゃんにも、若き日があり、夢があり、愛があったこと、かけがえのないものがあったことを、私たちは知るのである。いい小説だ。
(KADOKAWA 1600円+税)