著者のコラム一覧
北上次郎評論家

1946年、東京都生まれ。明治大学文学部卒。本名は目黒考二。76年、椎名誠を編集長に「本の雑誌」を創刊。ペンネームの北上次郎名で「冒険小説論―近代ヒーロー像100年の変遷」など著作多数。本紙でも「北上次郎のこれが面白極上本だ!」を好評連載中。趣味は競馬。

「ふたりみち」山本幸久著

公開日: 更新日:

 野原ゆかり67歳は、函館五稜郭近くで後期高齢者の客を相手に4坪半のスナック「野ばら」を経営している。彼女は元歌手である。芸名はミラクルローズ。レコードは7枚しか出したことがない。あとは細々と歌手活動をしてきたが、30年前に引退してこのスナックを開いた。

 その野原ゆかり、いや、ミラクルローズがスナックを休んで旅に出る話である。もう一度全国を歌ってまわるのである。もっともその舞台は、旅館の宴会場や病院のロビー、そして公民館だったりする。つまりはドサまわりだ。さらに、リクエストがあれば、マドンナ「ライク・ア・バージン」から、荻野目洋子「ダンシング・ヒーロー」、井上陽水「少年時代」、そしてドラえもんの主題歌まで、なんでも歌う。いちばん得意なのは、「愛の讃歌」だ。つまり歌謡ショーというよりも、カラオケ大会のようなものといっていい。その旅は、12歳の少女との奇妙な2人連れであることも書いておきたい。

 旅の途中に、彼女がどうやって歌手になったのか、どういう人生を送っていたのか、少しずつそれらのドラマが挿入されていく。すると、1人の女性の人生が、鮮やかに立ち上がってくる。古希に近い老婆で、後期高齢者相手に狭い店で酒を飲むしかない1人のおばあちゃんにも、若き日があり、夢があり、愛があったこと、かけがえのないものがあったことを、私たちは知るのである。いい小説だ。

(KADOKAWA 1600円+税)

【連載】北上次郎のこれが面白極上本だ!

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    ロッテ佐々木朗希は母親と一緒に「米国に行かせろ」の一点張り…繰り広げられる泥沼交渉劇

  2. 2

    米挑戦表明の日本ハム上沢直之がやらかした「痛恨過ぎる悪手」…メジャースカウトが指摘

  3. 3

    陰で糸引く「黒幕」に佐々木朗希が壊される…育成段階でのメジャー挑戦が招く破滅的結末

  4. 4

    9000人をリストラする日産自動車を“買収”するのは三菱商事か、ホンダなのか?

  5. 5

    巨人「FA3人取り」の痛すぎる人的代償…小林誠司はプロテクト漏れ濃厚、秋広優人は当落線上か

  1. 6

    斎藤元彦氏がまさかの“出戻り”知事復帰…兵庫県職員は「さらなるモンスター化」に戦々恐々

  2. 7

    「結婚願望」語りは予防線?それとも…Snow Man目黒蓮ファンがざわつく「犬」と「1年後」

  3. 8

    石破首相「集合写真」欠席に続き会議でも非礼…スマホいじり、座ったまま他国首脳と挨拶…《相手もカチンとくるで》とSNS

  4. 9

    W杯本番で「背番号10」を着ける森保J戦士は誰?久保建英、堂安律、南野拓実らで競争激化必至

  5. 10

    家族も困惑…阪神ドラ1大山悠輔を襲った“金本血縁”騒動