揺れる移民問題
「移民の政治経済学」G・ボージャス著 岩本正明訳
人口増はもはや望めない少子高齢化ニッポン。そこで出てくる移民問題。「移民先進国」アメリカはどうなのか?
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キューバ革命後にアメリカに逃れ、ハーバード大学の経済学者になった著者。こういう人物ほど移民に対して慎重論になる。「移民は我々全員にプラス」という議論は「お題目」と一蹴し、「移民受け入れによる勝者と敗者がいることで浮上する問題」への対処が必要だと説く。
労働移民が生み出す富は受け入れ国の富の純増につながるが、幅は小さい。移民に対する社会保障サービス負担も増えるため、全体で見れば実質的に差し引きゼロ。しかも増と減をミクロで見ると経営者(企業)の富だけが大きく増えるのだ。
高技能移民の受け入れは経済的利益を大きくするが、技能職階級では仕事の奪い合いが起こる。移民はロボットではなく、単なる労働力でもない。文化も連れてくる。だから大規模な移民は「多くの意図せざる結果」をもたらす。著者は移民問題は「科学的に決められることはない」「イデオロギーと価値観が同様に重要なのだ」という。
ただし著者自身は低技能移民の締め出しには反対。「ほとんど成功の機会のない多くの外国人に希望と新たな人生を提供する」アメリカンドリームは重要だ。それにともなうコストに対する問題や混乱への「責任ある移民政策」が最重要だという。つまり「ちゃんとした政治家」こそが大事ということだ。(白水社 2200円+税)
「アメリカの社会変革」ホーン川嶋瑤子著
移民への差別は現代に限った話ではない。奴隷は強制的に連行された移民だった。移民が職を奪う、秩序を乱すという反対論は19世紀にもあった。移民が増えると帰化の条件に「白人」が課され、アイルランド系や東欧系など敵対していた非英語系の欧州人が一斉に「白人」を名乗る。そしてアジア系や中東系が「非白人」とされた。
現代では中日韓など東アジア系は学歴もスキルも高く、医者やエンジニアなど高度技術職にはなれるが、取締役などに入る率が低く昇進などでは「バンブー(竹)の天井」に阻まれるという。理由は「勤勉な働き蜂」型でリーダーに必要な「ソフト・スキル」に欠けるとされる。おまけに東アジア勢で団結する力が弱いことも一因。
お茶の水女子大ジェンダー研究所教授の著者が人種、ジェンダー、LGBTなどと並んで移民問題をわかりやすく解説。(筑摩書房 940円+税)
「ルポ不法移民」田中研之輔著
高級ブティックの並ぶ優雅なカリフォルニアの目抜き通りに隣接した移民の「寄せ場」ハースト通り。不法滞在の彼らは手配師に群がり、賃仕事を求めて何日も過ごす。地元の名門大学院の客員研究員となった社会学者は彼らの一員になり、一緒に汗をかき、炊き出しの飯を食って過ごす。その見聞を見たまま感じたままに記したのが本書。
最初は警察のスパイ呼ばわりされるが、ボス格のフェルナンドの弟分になって多くの移民たちの生と死にじかに触れる。冷静で働き者のルイス、血の気の多いチコ、タコス作りのうまいミゲル、人のいいフェルナンド、強制送還されたアルベルト……。
不法移民問題の根底は新自由主義の浸透による「発展の不均衡」と指摘。特定の地域や階層だけが多大な利益を手にし、対応し切れない層が底辺化するのだ。(岩波書店 820円+税)