「闘う商人」小榑雅章著
1957年、大阪の片隅に「主婦の店ダイエー薬局」が開店した。店はやがて巨大スーパーマーケットに成長。創業者の中内コウは、カリスマ経営者、価格破壊と流通革命の旗手として辣腕をふるった。しかし、半世紀を待たずに産業再生法の適用を受け、実質的に破綻。いったい何がいけなかったのか。別の道はなかったのか。中内に重用され、翻弄されながらも、身近で一挙手一投足を見続けた著者が、思いの丈を込めてカリスマの実像をつづった。
「よい品をどんどん安く、より豊かな社会を」。ダイエーの進撃を支えたこの企業理念は、中内の凄惨な戦争体験からきている。補給もないフィリピンのジャングルで、飢餓と負傷で死にかけたとき、電灯の下で家族がすき焼きを囲んでいる光景が思い浮かんだ。ああ、すき焼きが食べたい……。生きて帰れたら、庶民が腹いっぱい、すき焼きを食べられる社会をつくろう。それが中内の原点だった。
「よい品をどんどん安く」を目指した“主婦の店”ダイエーと、商品テストを行って消費者に情報を提供した雑誌「暮しの手帖」には、不思議な巡り合わせがある。中内と花森安治は神戸三中の同窓生。どちらも強い反戦意識を持ち、面識はなかったものの、互いの存在を認め合っていた。この評伝の著者は、かつて「暮しの手帖」の編集部員で、中内への原稿依頼をきっかけに、ダイエーに入社。その栄枯盛衰を渦中で体験することになった。
中内は消費者主権が確立された社会を目指した。しかし、いつしか消費者を見失ってしまう。社会が豊かになっても、中内は「よい品をどんどん安く」のダイエー憲法を変えなかった。過去の成功体験から抜け出せず、周囲に耳を貸さなかった。
このままではダイエーがダメになる。巻末近く、焦燥にかられた著者が中内に宛てて書いた長い手紙が収録されており、中内と沈みゆくダイエーへの痛切な思いが伝わってくる。
(岩波書店 1800円+税)