「火のないところに煙は」芦沢央著
作家の「私」は、書いたことのない「怪談」の執筆を依頼された。「あのこと」を書いてしまっていいものだろうか。逡巡しながら、お札で閉じられた封筒を取り出す。中には1枚のポスターが入っていて、そのポスターには、不吉な黒い染みがある。私は彼女を救えなかった……。後ろめたさを感じながら、パソコンに向かった。
友人の身に起こった奇怪な出来事を題材に「染み」という短編を小説雑誌に発表した後、「私」には、人づてに怪談情報が寄せられるようになり、それらをネタに5話の短編を書くことになった。
初対面の相手に、家族の不幸を一方的にしゃべりまくって救いを求める「お祓いを頼む女」。新婚のサラリーマンが隣家の中年女に根も葉もない不倫疑惑をかけられる「妄言」。若いネイリストが業火に身を焼かれる夢を繰り返し見る「助けてって言ったのに」。1人暮らしを始めた大学生が女の子の幽霊に怯える「誰かの怪異」。
それぞれ全く別の話なのに、どこかでつながり、怪異が連鎖する。神楽坂の母と呼ばれる占い師、目の付けどころが鋭いオカルトライター、静かなる祈祷師など、その筋の登場人物も多彩。
5話を1冊の本にまとめるために読み返していた「私」は、恐ろしい真実に驚愕する。脳裏に声が響く。「絶対に疑ってはいけないの」。この暑さを吹き飛ばす清涼感たっぷり。
(新潮社 1600円+税)