「サリン事件死刑囚 中川智正との対話」アンソニー・トゥー著
アンソニー・トゥー博士(米国コロラド州立大学名誉教授)は、ヘビ毒の世界的権威で、生物・化学兵器に関して詳しい。日本の警察に協力してオウム真理教によるサリン事件解明のきっかけをつくった人物だ。
トゥー氏は、坂本堤弁護士一家殺害事件、松本サリン事件、地下鉄サリン事件、東京都庁小包爆弾事件などに関与し、死刑が確定した中川智正氏と2012年から15回面会した。面会の目的は、オウム真理教による生物・化学兵器製造過程を調査することだ。面会を通じて2人の間には、人間的信頼関係が確立される。
本書の公刊は死刑執行後にしてほしいと中川氏は要請した。トゥー氏はそれを受け入れ、7月6日に中川氏が麻原彰晃死刑囚ら6人とともに絞首された後、本書が刊行された。本書の奥付は7月26日であるが、この日に残り6人のオウム真理教関連者の死刑が執行された。
京都府立医大を卒業した心優しき青年が何故に大量殺人に手を染めるようになったかが本書を読むとよくわかる。麻原死刑囚に他人の魂をつかむ類いまれな能力があったからだ。都庁小包爆弾事件に関する2人のやりとりが興味深い。
<「麻原氏が逮捕されそうになったので、彼に対する忠誠心から何か社会を攪乱しないといけないと思ったのです。それで東京都庁に爆弾小包を送り、新宿でシアンガス事件を起こしました」/「麻原が逮捕されてもまだ忠誠心があったのですか」/「その当時は麻原氏に対してまだ忠誠心がありました」「今でも麻原に対してそんな忠誠心があるのですか」/「もう今はありませんよ。先生、もう20年たっているのですよ」/中川氏は笑いながら答えた。「時」が少しずつ彼を正常な精神状態に引き戻したのだろう。マインドコントロールは実に恐ろしいものだとつくづく思った。医大を卒業した優秀な青年が、高校しか出ていない麻原になぜひざまずくようになったのか、私は不思議に思った。優秀で前途有望だった若者が、麻原に会ったために罪を犯し、死刑にならざるをえなくなったことは悲劇である>
カルトに対する耐性をつけるための教育を学校で行うことが不可欠と本書を読んで思った。(KADOKAWA)
★★★(選者・佐藤優 2018年7月27日脱稿)