佐川光晴インタビュー
人と人との不思議なつながりや絆をさまざまな年代の人たちの目を通して描いてきた作家・佐川光晴。そんな佐川氏による1カ月読み切りの3話連作短編小説「昭和40年男」が、いよいよ来週月曜日からスタートする。10月掲載の第1話は「じゃりン子チエは神」だ。
――冒頭、主人公が仮面ライダーの主題歌を歌う場面から始まる。本作はどのような物語か。
「実は僕、主夫なんですよ。妻は教員で、僕が小説を書きながら家事と子育てをしてきたんです。悪口を言うわけじゃないけど、奥さんはあまり料理をする気がなかったので、自分で作るようになったのがキッカケでした。今作の主人公・三男も僕と同じく主夫。なので食事作りなどの描写はリアリティーがあると思いますよ(笑い)。そんな三男が日々の生活の中で直面する子供や夫婦、介護問題に奔走する姿を1カ月読み切り、計3話の連作短編小説で描きます」
――これまで「おれのおばさん」シリーズなど、どちらかといえば主人公は少年たちだったが、三男は昭和40年生まれで第1話では50歳だ。
「50歳っていい年代だと思っているんですよ。昔は40歳で不惑だったけれど、寿命が延びた現代では10歳増しの50歳くらいでやっと不惑っぽくなる。自分自身を振り返ってみると40代はまだ気持ちがふわふわしていましたからね(笑い)。それが50歳になってちょっと気持ちに余裕が出てきて、すると今度は子供たちや老親の問題が出てきたりして、彼らを支える立場になれる。そんな物語を描きたいと思ったのも理由のひとつです」
――「昭和40年男」が他の年代と違う点は?
「戦後から現在までを見渡してみても、昭和40年前後に生まれた人たちって子供の頃、わりに平和に過ごしてきていると思うんです。空き地など遊び場所がいっぱいあって、そこそこモノに恵まれ、親からもさほどガミガミいわれず、楽しく暮らしてきた。これは非常に稀有なこと。そうした幼少期を過ごしたものだから、上の世代の人たちが潜在的に持つ社会に対する恨みや不信感がなく、ノホホンとしている人が多いと思いますね。だから、三男のように自然に身に付けた穏やかさで、物事を解決する力を持ってる。今、昭和40年男は年齢的にも社会の中心的立場になりつつありますが、この世代ならではの“平和さ”を生かして、新しい社会の基盤をつくってほしいとも思いますね」
――本作には70~80年代にはやったアニメや歌謡曲なども登場する。
「今回、タイトルを拝借した『昭和40年男』という雑誌がありまして、40年男たちが育ってきた時代のさまざまなカルチャーを紹介する専門誌です。この出版不況の中、もう50号もつづいているんですよ。つまり、昭和40年前後生まれの人たちはある文化的な共有感を持っていて、それを今でもいいものだと思って振り返ることができているわけです。本作の第1章『じゃりン子チエは神』では、メンコなど三男の小学校時代の遊びを、2章、3章ではゲームやオカルトなども描きました。小説の中で懐かしい遊びやモノに触れてもらい、楽しかったという思いを出発点に、今を見直すキッカケにしてもらいたいですね」
――物語では三男家族の物語に並走して、今話題の新体操や古今のオリンピックも描かれている。
「長女の美岬はオリンピックの新体操選手という設定ですが、まさかあんなパワハラ事件が起きるとは思いもしませんでした。元体操選手の三男自身もまた夢への再挑戦をします。自分や周囲のことで奔走する三男に読者自身の姿を重ねながら、小説の世界をぜひ楽しんでください」
〈作品概要〉主人公は昭和40(1965)年生まれの山田三男。体操のオリンピック候補だったが、現在は“主夫”として、同い年でキャリアウーマンの妻と22歳の長女、中学2年生の次女をサポートする毎日だ。物語はリオデジャネイロ・オリンピック開催を控えた2016年の春、次女が美人の姉のことを学校でからかわれ、それを機になぜか大阪弁を話しだす――。
※インタビューは【動画】でもご覧いただけます。
◇さがわ・みつはる 1965年、東京都生まれ。北海道大学法学部卒業。2000年「生活の設計」で第32回新潮新人賞受賞。02年「縮んだ愛」で第24回野間文芸新人賞、11年「おれのおばさん」で第26回坪田譲治文学賞受賞。著書に「牛を屠る」「日の出」など多数。「大きくなる日」は近年の中学入試頻出作品として知られる。