「へぼ侍」坂上泉著
明治10年の西南戦争を描いた小説は少なくないが、本書は新たな角度から描く小説だ。
主人公・志方錬一郎は、大阪の与力の跡取り息子だが、幼いときから丁稚奉公に出され商人として育った青年である。だから経済が重要な要素として絡んでくるのがキモ。
彼が西南戦争に参加するのは、武功を立てれば仕官の道も開かれると考えたからだが、政府の徴募に応募してきたのは、一癖も二癖もある連中ばかり。まず身の丈6尺もある巨漢・松岡。体だけでなく言動も乱暴な男で、博打に目がない。次に、料理人の沢良木。食事を作る人間も必要であるから、「壮士」の中にはこんなやつもいる。どう見ても戦いには不向きだが、陰気な三木もそのひとり。この男は書類仕事をさせると右に出る者はいないほど有能だが、とても戦う男ではない。17歳ながら分隊長に任命された錬一郎の部下が以上の3人なのである。
この設定に見られるように、犬養毅も乃木希典も西郷隆盛も登場するが、瞬間すれ違うだけで(犬養毅だけは濃密につながるが)、多くは無名人たちのドラマとして展開していく。薩摩側も政府側も、地元民からすれば、土地を荒らし収穫物を奪っていく理不尽な存在にすぎない。そういう背景のもとに、錬一郎の分隊は戦場を疾駆していく。
登場人物がいきいきとしていることと(特に体を売る少女・鈴が印象的だ)、余韻たっぷりな60年後のエピローグがいい。
(文藝春秋 1400円+税)