ハノイのおしゃれな民俗雑貨店内のような映像美
かつてベトナムブームのきっかけにもなった映画「青いパパイヤの香り」。製作当時はまだドイモイも道半ばで、戦禍の傷痕あらわなベトナムではロケもできず、撮影はフランスでセットを組んだという。しかしあれから四半世紀。ベトナムの風景もすっかり変わり、なんと穏やかになったんだろうと実感するのが現在公開中の「第三夫人と髪飾り」である。
男系相続が当然とされた19世紀のベトナム北部。大地主一族に幼さを残す14歳の少女メイが輿入れする。当主には既に2人の妻がいるが、息子は1人で残りは女児ばかり。誰かに恋したこともないメイは第1夫人と並ぶとまるで母娘。しかし世継ぎを確実にするために若く健康な3人目の嫁が必要なのだ。
設定だけ見るとまるで大奥ものみたいだが、思春期からアメリカ育ちのアッシュ・メイフェア監督は故国の風物をひたすら繊細に、エキゾチックに描くことに集中する。
その意味では、2回りほど年が違うもののフランスで育った「青いパパイヤ――」のトラン・アン・ユン監督と同じく「国際派」のベトナム人だろう。現にこの美しい映像はまるで、ハノイやホーチミンのおしゃれな民俗雑貨店に入ったみたいだ。
印象的なのは幼な妻メイが終始、口数少なく上目づかいでじっとあたりを見ていること。子どもを産んでもまだ官能にめざめてないメイだが、本当はこの秘めた視線の先にこそ、外見だけの美とは違う本物の人間がひそんでいる。
たとえば谷崎潤一郎著「卍」(新潮社 490円+税)は2組の男女が交差しながら、女同士の性をふくむ禁断の官能と生臭い人間関係を大阪弁の一人称で粘着的に描く。もともと江戸っ子の谷崎が関西になじんだのは3人目の松子夫人との関わりから。つまりエキゾチシズムはどろどろの人間模様を描く意匠だったのだ。
<生井英考>