「女たちのシベリア抑留」小柳ちひろ著
アジア太平洋戦争の敗戦後、満州、北朝鮮、樺太、千島列島からソ連とモンゴルの収容所に抑留された日本人はおよそ57万5000人。この抑留体験をつづったものに高杉一郎著「極光のかげに」、内村剛介著「生き急ぐ」、石原吉郎著「望郷と海」などの名著があるが、ほとんどは男の著者のもの。1000人近い女性の抑留体験については、私家版など一部を除いてほとんど記録がなかった。
著者は2014年にNHK・BS1スペシャルで放映された同名ドキュメンタリーの担当ディレクター。本書はその取材をもとに書き下ろされた。中核をなすのは、満州(現中国黒竜江省)の佳木斯(ジャムス)にあった佳木斯第一陸軍病院に所属した看護婦。敗戦後、部隊と共にシベリアに抑留された看護婦は約150人。その多くは抑留体験について口を閉ざし、声を聴くことができたのは29人。いかに苛酷な体験だったかがわかる。看護婦全員には「護身薬」として粉末の青酸カリが渡された。ソ連兵に迫られたら自決せよということだ。
一方で、ソ連兵を懐柔するために貞操を提供するよう命じる上官もいる。男にはない理不尽さを抱えながら、彼女たちは極寒の地で苛酷な抑留生活を送ることになる。看護婦の多くは46年末から47年にかけて帰国を果たすが、政治犯として“囚人の墓場”と呼ばれた最果ての流刑地に収容された女性は、再三の帰国要請を拒否し生涯ロシアにとどまった。彼女がどうして政治犯とされたのか、なぜかたくなに帰国を拒んだのか。そこには看護婦たちとはまた別の経緯があるのだが、戦争が生んだ悲劇であることは変わらない。
これまで明かされることのなかった抑留女性たちの証言を引き出した本書は、今後のシベリア抑留問題に新しい地平を開くことになるだろう。
女性のシベリア抑留体験として、18年の長きにわたる体験をつづったエヴゲーニヤ・ギンズブルグ著「明るい夜 暗い昼」(全3巻、集英社)、日本女性の希有な記録、坂間文子著「雪原にひとり囚われて」(復刊ドットコム)もお薦め。 <狸>
(文藝春秋 1700円+税)