「文身」岩井圭也著
須賀庸一は、酒乱で女好きで乱暴者で、「最後の無頼派」と呼ばれる作家だった。しかし文壇のみならず、世間が騒然としたのは、庸一の妻が海外の殺鼠剤を溶かした麦茶を飲んでしまう事件(遺書が出てきたことで警察は自殺と判断)のあとに、庸一が「深海の巣」という短編を発表したからである。その内容は、作家の「菅洋市」が自殺に見せかけ、海外の殺鼠剤を飲ませて妻を殺す話だったのだ。庸一にはアリバイがあったので逮捕されなかったが、世間で叩かれ、娘の明日美も父親との縁を切る、というところまでがプロローグ。いや、その須賀庸一が膵臓がんで死ぬと、明日美のもとに、宅配便が届くというところまでがプロローグだ。送り主は父の須賀庸一だ。宅配便の中身は、手書きの文字で埋めつくされた原稿用紙で、いちばん上の用紙には「文身」と書かれている。
それは、作家・須賀庸一がどうやって誕生したのかという内幕話だった。「遺稿につづられていたのは、自殺したはずの弟との奇妙な共謀関係だった」と帯にあるのでここにも書いてしまうが、兄弟で合作していたというのである。何重にも入れ子構造になっている小説だが、兄弟の奇妙な関係がとてもスリリングだ。作者は2018年に「永遠についての証明」で野性時代フロンティア文学賞を受賞して、本書がまだ3作目。これからもっと大きくなっていく作家だと思うのでいまのうちからお読みになることをすすめたい。
(祥伝社 1600円+税)