「三年長屋」梶よう子著
3年住むと願いがかなうという長屋がある。居職の者なら工房と弟子を抱え、棒手振り稼業なら表店を出し、女子は良縁に恵まれるというところから、ついた名だ。
その長屋の差配が左平次。差配とは、家主にかわって店賃を集め、店子たちの面倒を見るのが仕事。もっとも大した謝礼は出ないので左平次は楊枝屋を営んでいる。
この左平次、元は武士。上司の不正を見逃しできず、「これ以上のご奉公、御免被ります。なにとぞご容赦を」と藩邸を出て、すぐさま荷物をまとめて妻子を連れて江戸に出た。乳飲み子を抱えた妻は貧困の中で病に倒れ、一人娘は火事に遭って行方不明。三年長屋の家主お梅に拾われて差配となっている。
「あんたも元は武家だかなんだか知らねえが、その堅ぇ言葉もなんとかならないか」
と言われたりするほど、なかなか武士の癖が抜けずに困っている。
長屋の住人たちは余裕のある生活をしているわけではない。かつかつの生活だ。しかし困ったときには助け合うので、なんとか日々が過ぎていく。もちろん喧嘩も浮気もあり、悲喜こもごもだ。特徴は、ひとつの事件が次の人間ドラマを呼ぶように、全7話がうねるようにつながっていくこと。だから休む間もなく、どんどんページをめくっていく。梶よう子は何を書いても水準以上の作品を書くので信頼できるが、庶民の哀感あふれるこの連作は、ぜひシリーズ化していただきたい。
(KADOKAWA 1800円+税)