「言の葉は、残りて」佐藤雫著
鎌倉幕府3代将軍、源実朝のもとに、摂関家の娘・信子が嫁いでくるところから、この物語は始まっていく。そのとき実朝は13歳、信子は12歳。つまり、幼い少年と少女である。したがって、のどかで、優しく、ほのぼのとした子供同士の出会いから始まる物語といっていい。
そのきわめて親しい幼馴染みのような関係は、本来なら2人だけの問題であるはずなのに、それが許されないのは、実朝が「武家の頭領」であるからだ。さまざまな人の思惑、立場、事情というものがある。裏切りと陰謀がある。この2人はいや応なく、そういう現実に巻き込まれるのだ。
実朝の乳母、阿波局がなぜ冷たいのか。頼家(2代将軍)の息子で、実朝の甥である善哉に何があったのか。それぞれのドラマを著者は丁寧に描いていく。その人物造形が鮮やかなので、どんどん引き込まれていく。
第32回の小説すばる新人賞の受賞作で、つまりは本書がデビュー作ということだが、とても新人の作品とは思えないほど緊迫感あふれる物語で、読み始めたらやめられなくなる。複雑な政争が緊密に描かれるので、余計に冒頭の、幼い2人の出会いが印象に残る。あるいは幼い政子(実朝の母)が、弟の義時を誘って遠出する挿話が胸に残る。「ねえ、四郎(義時の幼名)。蛭ケ小島に行かない?」と政子が言う風景が、読み終えても残り続ける。それもこの小説の力だ。 (集英社 1650円+税)