「女神のサラダ」瀧羽麻子著
ほうれん草は、葉物の中でも飛び抜けて寒さに強い。霜をかぶって半分凍ってしまったように見えても、昼間の日差しに当たれば復活する。溶けた霜が露となって畑一面をきらきらと輝かせるのだ。高樹農園に入社したばかりのころ、「夜明けのレタス」の語り手・沙帆はその光景を見て、美しいと思う。
そういう自然の厳しさ、美しさがあちこちから立ち上がってくる。高原レタス、北海道の馬鈴薯、諫早のアスパラガス、和歌山のレモン、小豆島のオリーブ、石川のトマト。さまざまな野菜と葉物が次々に登場して、それらを作る人々のドラマが始まっていく。
たとえば、「オリーブの木の下で」で語られるのは、光江の恋だ。彼女は20歳になったばかりの頃、ギリシャ人のレオと恋に落ちるが、突然彼は故国に帰っていく。そして2年後、レオは故郷で死んだと知らされる。光江にとっては短い恋だ。それから50年後、レオのスケッチブックを持って、日本人の青年がオリーブの島を訪ねてくる。スケッチブックを開くと、若かった頃の光江の肖像が描かれている。そしてもう一つの真実を知る――。
幼なじみと22年ぶりの再会を描く「トマトの約束」を含め、この作品集には「いい話」が多く、この手の「善意あふれる」作品を批判的に読む層もいるけれど、このつらい時代だからこそ、こういう話を読みたいという気もするのである。
(光文社 1700円+税)