一ノ瀬俊也(埼玉大学教養学部教授)

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8月×日 NHKの戦争番組をみている。毎年のように本土空襲、原爆、沖縄戦、ガダルカナルなどの話が繰り返される。もちろんどれも決して忘れてはならないのだが、それらとはまた別の側面から、先の戦争を俯瞰的に論じられないものだろうか。この先「証言」者がいなくなったとたん、戦争番組作りも途絶えるように思えてならない。

8月×日 その太平洋戦争について、かねて疑問に感じているのが、なぜ敗戦にいたるまで飢えた国民の間から暴動が起こらなかったのか、ということだ。というのは、近代の日本には民衆が暴動を起こしたり、殺人を含む暴力を行使した複数の事例があるからだ。藤野裕子著「民衆暴力――一揆・暴動・虐殺の日本近代」(中央公論新社 820円+税)は、そのことを改めて教える。ただし、戦争末期と同様、主食の米が手に入らなくなった民衆が起こした米騒動(1918年)についての話がないのは意外だった。

8月×日 拙著「特攻隊員の現実」(講談社 860円+税)を読み返す。それまで「一億総特攻」を吹き込まれてきた国民が敗戦の報に示した反応にふれている。興味深いことに、当時はけっこう多くの人々がまだ戦えるはずなのになぜ降伏するのか、と落胆や怒りの念を日記に書いていた。つまり戦争の継続に(積極的か消極的かはともかく)賛成していたわけで、私はこのことが暴動のなかった理由の1つではないかと思っている。人々が降伏止むなしと思ったのは、9月に入り正確な戦況や残存戦力の枯渇を知らされてからのことだ。

8月×日 NHK広島のネット企画「ひろしまタイムライン」の「炎上」をみる。もし原爆投下時の広島にSNSがあったら、というものだが、問題となった「朝鮮人」の描写はおかしいと私も思った。その資料的根拠や、当時の社会状況についての十分な説明がなく、いたずらに差別を煽りかねないものだったからだ。朝鮮人への差別が関東大震災時に凄惨な暴力に発展した点は、藤野著「民衆暴力」に詳しい。まさに今読まれるべき本だ。

【連載】週間読書日記

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