「心を病んだらいけないの? うつ病社会の処方箋」斎藤環・與那覇潤著
新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、失業や業績悪化による経済的不安をはじめ、リモートワークや時差出勤から通常勤務に戻った際にうまく適応できないなど、さまざまな不安が蔓延(まんえん)している。多くは軽症のうつ病で「社会的うつ」「新型うつ」と呼ばれ近年大きな問題となっている。
心の病気は肉体の病気に比べ明確な兆候が乏しい分、当事者も周囲の人間も気づきにくく、問題の解決をするきっかけが掴みにくい。本書ではそうした心の病について、「ひきこもり」を専門とする精神科医(斎藤)と重度の「うつ」をくぐり抜けた歴史学者(與那覇)がじっくりと対話を交わしている。與那覇が指摘しているが、トラウマ、PTSD、新型うつ、毒親、発達障害といった言葉が一般化し、セクハラ、パワハラの概念が厳密化したのは、すべてポスト冷戦期の「心の時代」といわれた平成の30年間であった。
本書はそうした平成期の時代層と心の病の変遷を重ね合わせながら、現代日本社会が抱えている問題と、個々の心の病に関する誤解や偏見を取り除き具体的な対処法を論じていく。
たとえば、平成の最初の10年は世界的なサイコスリラーのブームと相まって解離性同一性障害(多重人格)を扱うルポや小説がはやり、次の10年はうつ病、最後の10年は発達障害が注目を集めた。斎藤は目下の日本は「発達障害バブル」であり、あまりに安易に多用され、精神科の臨床現場でも誤解や混乱が見られているという。そこからコミュニケーション能力に対する過大評価が生まれていると指摘する。その他、毒親、SNS、自己啓発、セクハラ、AIといった話題にも鋭く切り込んでいき、「平成精神史」といった趣の濃い内容が展開されている。
こうした現代社会の心の処方箋の一つとして本書が勧めるのが、患者とその家族、精神科医、臨床心理士、看護師など10人前後で対話する「オープン・ダイアローグ」だが、この2人の対話自体がそうした開かれた対話の実践となっている。 <狸>
(新潮社 1450円+税)