「〈うた〉起源考」藤井貞和著
何事につけてもその起源を問うことは難しい。たとえば、本書の主題たる〈うた〉という言葉。有名なのは、本居宣長から平田篤胤、そして折口信夫が提唱した「うつたへ(訴え)」を語源とするもの。その他に「うちあふ(打ち合う)」説、あるいは「うたがふ(疑う)」「うたた(転)」との関連を指摘するものなどがある。
著者は古代歌謡の中に出てくる「うただのし」「うたたけだに」「うたづきまつる」といった不思議な言葉や「うたた、うたて、うたがたも」など「ウタのつく語があらぬ疑念にとりつかれたり、そぞろ異常な気分に陥ったり、酒宴での騒乱状態など」の共通した意味を持つことから、「ウタがそういう未開の心、“うた状態”から出てくる」として、3番目の説を支持する。
詩人・国文学者の著者は、これまで「物語の起源」や「日本文学源流史」など、古代から現代に至る文学の流れを考究してきたが、本書はその集大成として位置付けられるものだ。序章は、歌の深層に下りるべく懸け詞(掛詞)という二重の言語過程を論じていく。
次に「歌とは何か」という原理的な問題に言及し、続いて万葉集、古今集という2つの歌集に分け入る。そこから少し遡って神歌、史歌、古代歌謡、さらには琉球のおもろさうし、タミル語のサンガム詩を通覧して、日本語のウタを広い視野の中に置く。そして小野小町、和泉式部などの歌姫を取り上げ「古代フェミニズム文学」における詠歌の意味を論じ、その流れから「源氏物語」に登場する和歌を分析し、最終的には現代短歌まで射程を延ばしていく。まさに気宇壮大。
特筆すべきは、万葉がなで書かれた万葉の歌を独自の現代向けの表記法で記し〈例=「茜草指すむら前(さき)野逝(ゆ)き」〉、おもろさうしの現代語という冒険的試みがなされていることだ。本書に引かれている数多くの歌を著者の現代語訳を導きの糸として一首ずつ読んでいくだけでも、古代から紡がれてきた〈うた〉の広大な世界に触れることができる。 <狸>
(青土社 4200円+税)