近藤史恵(作家)
9月×日 連休の最中、どうしても見たい映画があり、京都のミニシアターまで足を伸ばす。「LETO」という80年代ソビエトに実在したロックミュージシャンたちを描いた映画だ。鬱屈した共産圏の空気が、今の日本にも通じるようで、とてもよかった。伝説のバンド、キノのビクトル・ツォイは朝鮮系のロシア人なので、韓国俳優のユ・テオが演じていた。
映画館併設の書店で買ったのは藤野可織著「来世の記憶」(KADOKAWA 1700円+税)。驚きに満ちた設定や展開なのに、間違いなく、知っている感覚が詰まった短編集。人がいきなりスパゲティになってしまう病気を描いた「スパゲティ禍」が、あまりにも現在の話とリンクするので、初出を見たら2015年に書かれた短編だった。すごい。
9月×日 打ち合わせもメールやオンラインが多くなってしまったので、ひさしぶりのオフライン打ち合わせ。近所のカフェはもうけっこう混んでいて、通常営業の感じだった。「近藤さんは顔出しは大丈夫ですか?」と聞かれたので、「本当は全然好きじゃないけど、容姿にコンプレックスのない人だけがメディアにでるのもよくないと思うので、断らないようにはしている」と言ったら、写真を撮られることになってしまった。
帰ってきて仕事の合間にチョン・イヒョン著「優しい暴力の時代」(河出書房新社 2200円+税)。はじめて読む作家だけど、「何でもないこと」で、一気に引き込まれる。高校生で妊娠してしまった少女の母親と、妊娠させてしまった少年の母親を交互に描く。まさにタイトル通り、生きていくだけで人は暴力的になってしまうのだと感じてしまう作品だった。韓国という国の抱える問題と女の子同士の友情を描いた「ずうっと、夏」は忘れられない短編になりそうだ。
ここ数年、韓国の小説、特に女性の書き手をよく読んでいる。ハン・ガンやチョン・セランが大好きだが、チョン・イヒョンもこの先チェックしたい作家になった。