「最後のダ・ヴィンチの真実」ベン・ルイス著 上杉隼人訳
レオナルド・ダ・ヴィンチの作とされる幻の名画「サルバトール・ムンディ(世界の救世主)」。青いローブをまとった救世主キリストは、左手の上に水晶のオーブ(宝珠)を載せ、祈りの右手を掲げている。
男性版モナリザとも称されるこの作品は、21世紀になって表舞台に現れた。発端は2005年、ニューヨークの美術商ロバート・サイモンとアレックス・パリッシュが、ニューオーリンズの競売会社の図録で「レオナルド・ダ・ヴィンチ風」と紹介されたこの絵を見つけ、1175ドル(約13万円)を折半して購入したこと。破損は激しかったが、高い鑑定眼を持つ2人はこの絵に動かされ、質の高さを感じ取る。その後、苦心して来歴を調査し、信頼できる修復家に頼んで後世の上塗りを洗浄し、外科手術のような繊細な修復を施していった。こうして、割れたクルミの木のパネルに描かれた傷だらけのキリストは、光輝を取り戻していった。
発見から12年後の2017年、この絵はクリスティーズのオークションで4億5000万ドル(約510億円)で落札された。これほど短期間で、これほど値が上がった美術品はかつてない。
これは本当にダ・ヴィンチの作品なのか?
ドキュメンタリーフィルム制作者で美術評論家でもある著者が、歴史の闇に沈んでいた「サルバトール・ムンディ」の運命を詳細にたどった力作ノンフィクション。修復家、研究者、批評家、キュレーター、収集家、大富豪、仲買人など、この絵に関わった人間たちが織りなすドラマはミステリーさながら。一枚の絵の来歴をたどる試みは、欲望うごめく美術界の裏側にある「不都合な真実」をあぶり出すことにもなった。
「サルバトール・ムンディ」はサウジアラビアのムハンマド皇太子が落札したといわれるが、今どこにあるのかさえわかっていない。隠された秘密の絵になってしまった。私たちがこの「傑作」を目にする日は、果たして来るのだろうか。
(集英社インターナショナル 3200円+税)