「後悔病棟」垣谷美雨著
平穏死という言葉がある。末期の患者に対して、延命治療を行わず、体に無理をかけず自然のままに安らかな最期を迎えることだ。
体の負担がなくなっても精神的なものはまた別。末期がんを患い自分の余命が迫っている場合など、己の人生を振り返って「もし、あの時こうしていれば……」と後悔の念が押し寄せることもあるだろう。その苦しさを取り除くことができれば平穏な死を迎えられるのではないか。
本書は、そんな夢をかなえられる女性医師のお話だ。
【あらすじ】早坂ルミ子は神田川病院内科に勤めて10年になるが、既に500人近くの患者の最期をみとってきた。しかし、患者の気持ちが読めないとの不評を買い、本人も悩んでいた。
ある日、病院の中庭で聴診器を拾ったルミ子は、大女優の娘で母の反対で芸能界デビューを諦めた小都子の胸にその聴診器を当てた。すると「死にたくないよ」という声が聞こえてきた。小都子は末期がんで余命いくばくもない。
どうやらこの不思議な聴診器は心の内の声が聞こえるらしい。おまけに、その人がやり直したいと思っている過去を再現できることもわかった。ルミ子は小都子と一緒に、芸能界デビューを実現する「もし」の世界へ入り込んでいく。
ルミ子はその後も、自分が結婚に反対したために40代半ばまで未婚の娘を持つ千登勢、中学時代の同級生に対する裏切り行為をいまだに悔いている八重樫、そして幼い自分と母を捨てた父など、それぞれのやり直しの人生に同行していく――。
【読みどころ】死を遠ざけるだけが医療ではなく、人生の最期において心に刺さった小さなトゲを抜いて穏やかな死を迎えさせてあげることも、これからの医療の大きな役割かもしれない。 <石>
(小学館 690円+税)