新たなごひいき作家を発掘!文庫アンソロジー特集

公開日: 更新日:

「歪んだ名画」赤江瀑ほか著

 再びの緊急事態宣言でまだまだ続くステイホーム。こんな時は読書が一番だが、ごひいきの作家は読破してしまった人もいるだろう。そこで今回は、複数の作家による同テーマの作品を集めたアンソロジーを紹介。新たなお気に入り作家を見つけてみては。



 絵画や骨董品にまつわるミステリーを集めた8編の美術アンソロジー。

 十冬は、落魄した美術収集家の別腸と十何年ぶりに酒を酌み交わしていた。若かりし頃、出入りしていた別腸亭の茶室には、馮黄白という画家による「椛山訪雪図」があった。紙本墨画淡彩で、全体が紅葉の山。色は控えめだが、見る者を絢爛たる楓錦の世界に引き込む魅力にあふれていた。

 しかし不思議なことに、十冬は馮黄白なる人物の他の作品を後にも先にも見たことがなかった。すると別腸はこう答える。「椛」という文字は中国にはなく日本で作られた国字であること。そして画題にあるように、今を盛りの紅葉の山に雪を訪ねる、つまり権勢を極めても行き着くところは冬の山という戯作的な風刺精神と筆勢を持った画家は、北斎をおいていないと。

 驚く十冬に、別腸は、ある殺人事件について語り始めた。(泡坂妻夫著「椛山訪雪図」)

(朝日新聞出版 880円+税)

「蠱惑(こわく)の本」井上雅彦監修

「本」がテーマのアンソロジー。

 3週間前に亡くなった祖父の家へとひとり向かう大学生の昌希。古本屋が蔵書を引き取りにくるため、立ち会いを任されたのだ。

 小さな三和土と窓が1カ所あるだけの8畳間の離れには、壁という壁に書籍が置かれ、部屋の中央にも棚が迷路のように配置され、本で埋め尽くされていた。

 古本屋を待っていると、ひとりの老婆が訪ねてくる。昔、祖父に貸した大切な本を返して欲しいという。気の毒に思い、老婆を離れに案内すると、母親から着信が。祖父は古本屋以外、離れに入れるなと言い残していたというのだ。慌てて離れに戻り老婆を呼ぶが、なぜか返事はするが姿が見えない。さらに、気付けばドアも窓も三和土も忽然と消えており……。(大崎梢著「蔵書の中の」)

“本の剥製”を作る主人との暮らしをつづる柴田勝家の「書骸」など、本を通じて異世界へと誘う15編を収録。

(光文社 1000円+税)

「東欧怪談集」沼野充義編

 ドラキュラ伝説をはじめ、怪奇幻想の宝庫である東欧の怪談26編を集めた本書。

 観光汽船でプリンキポ島に着いた私たち。一緒に下船したのは、体調の悪い娘の静養に来たという老夫婦と娘、娘のフィアンセからなるポーランド人一家と、ギリシャ人の青年だった。

 ある時、宿屋の主人とギリシャ人が口論をしている。青年はいつも死人ばかりを、しかも“前もって”描いているのだという。ポーランド人のフィアンセはギリシャ人の絵を奪い見た。そこには、目を閉じて銀梅花が飾られた、娘の顔が描かれていた。(チェコ/ヤン・ネルダ著「吸血鬼」)

 電信局での長い勤務に疲れ果てたフラネクがボロ家に帰ると、蛇口から水滴が垂れていた。そしてその水滴は、「不思議通り36番地……」という音を立てていた。音に苦しむフラネクは街をさまよい、不思議通り36番地を探し始めるが……。(ポーランド/フランチシェク・ミランドラ著「不思議通り」)

(河出書房新社 1100円+税)

「猫は神さまの贈り物<エッセイ編>」谷崎潤一郎ほか著

 犬も好きだと言いながら猫愛を語るのが谷崎潤一郎の「猫と犬」。犬は賢いが、事と物によっては猫の方が勝っていると語る。例えば、猫は名前を呼ぶとニャアと返事をするが、気が向かない時は分かっていながら黙っているところが賢い。

 さらに、犬は菓子を与えればパクリと一口だが、猫は物の味を細かに理解し、気に食わないものは奇麗に残すところも素晴らしいと褒めちぎる。

 木村荘八の「我猫記」には、自分は猫の愛好家ではないとつづられている。子供を持つ人が愛する我が子を「愛好する」とは言わない。自分の猫への思いはそれと同様で、愛好そのものの中にいる、と言うのだからよほどのことだ。執筆当時も10匹の猫を飼っており、目が可愛いやら母性愛に富んでいるやらと、その愛を切々と語っている。

 ほかにも、夏目漱石や吉行淳之介ら16人の猫好き作家たちが、あふれんばかりの猫愛を吐露している。

(実業之日本社 680円+税)

「短編ミステリの二百年〈4〉」リッチー、ブラッドベリほか著 小森収編

 私は、あのドイツ人を愛し始めていた。父はサハラ・アトラス山脈の一地域を治めるフランスの将校であり、私にもナチスドイツによるフランスの占領や傀儡のビシー政権についての問題を学ばせようとした。しかしまだ若かった私は、ファッション記事を読むのに熱心だった。

 ところが、父が消息不明になると、行政官としての責任がすべて私にかかってきた。そしてある火曜の朝、ドイツの軍人がやってきて、親しげに私の左右の頬にキスをし、私は彼の捕虜になったと宣言されてしまったのだ。(レスリー・アン・ブラウンリッグ著「服従」)

 アメリカ探偵作家クラブ(MWA)賞受賞作3編を含む全13編のミステリーを収録。さらに、ハードボイルドから警察小説への変遷、ヒチコックの影響など、1950年代以降のアメリカミステリー界の変化を分析した評論も掲載している。

(東京創元社 1400円+税)

【連載】ザッツエンターテインメント

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    松本人志は「女性トラブル」で中居正広の相談に乗るも…電撃引退にショック隠しきれず復帰に悪影響

  2. 2

    中居正広はテレビ界でも浮いていた?「松本人志×霜月るな」のような“応援団”不在の深刻度

  3. 3

    べた褒めしたベッツが知らない、佐々木朗希"裏の顔”…自己中ぶりにロッテの先輩右腕がブチ切れの過去!

  4. 4

    フジテレビ労組80人から500人に爆増で労働環境改善なるか? 井上清華アナは23年10月に体調不良で7日連続欠席の激務

  5. 5

    ついに不動産バブル終焉か…「住宅ローン」金利上昇で中古マンションの価格下落が始まる

  1. 6

    露木茂アナウンス部長は言い放った「ブスは採りません」…美人ばかり集めたフジテレビの盛者必衰

  2. 7

    中居正広「華麗なる女性遍歴」とその裏にあるTV局との蜜月…ネットには「ジャニーさんの亡霊」の声も

  3. 8

    和田アキ子戦々恐々…カンニング竹山が「ご意見番」下剋上

  4. 9

    紀香&愛之助に生島ヒロシが助言 夫婦円満の秘訣は下半身

  5. 10

    フジテレビにジャニーズの呪縛…フジ・メディアHD金光修社長の元妻は旧ジャニーズ取締役というズブズブの関係