おうちで楽しみたい映画の本
「ポン・ジュノ映画術」イ・ドンジン著 関谷敦子訳
コロナ禍で映画館には行きにくいが、ワインでも飲みながら自宅で名画を楽しむという手もある。知らなかった名作を発掘するのに、大いに役立ちそうな本を紹介しよう。
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韓国の映画監督ポン・ジュノの映画には、物語の方向や登場人物の性格をひっくり返して、伏線を逆方向に読むといった、いわゆる「どんでん返し」ではなく、「変曲点」がある。その変曲点は、物語の核心や監督が凝視しているものを突然現出させ、その映画の路線を変えてしまうのだ。
カンヌ映画祭やアカデミー賞で世界の注目を集めた「パラサイト 半地下の家族」の変曲点は、大雨の中、解雇された家政婦のムングァンが、元の雇い主のギジョン邸のインターホンを押す、その瞬間である。その時点まではムングァンは一個人でしかないのだが、訪問した時点から「家族」の存在が見えてくる。映画会社がネタバレしないように情報を隠していたのは、「第三の家族」の存在のためだった。
他に「母なる証明」などポン・ジュノの全作品を評論。
(河出書房新社 2900円+税)
「活動写真弁史」片岡一郎著
「活動写真」にまだ音声がなくてサイレントだった時代に登場したのが「弁士」である。映写はしても説明がなくてわかりにくかったので、「口上」をつけるようになった。初めは興行を手伝った広目屋の社員で口上のコツを掴んだ者が説明していたが、やがて専門の弁士が生まれる。
ところが、もともと見せ物の口上をしていた者が多く、品が悪い。低料金で庶民が見に行く見せ物と違って、入場料が高い活動写真を見に来るのは富裕層や外国人客だった。そこで、映画雑誌に活動写真の歴史などを執筆していた中川慶二が横浜の港座や神田の錦輝館で弁士を務めた。本業は役人だったのだが、上司にばれて諭旨免職となり、専業の弁士になる。
映画の面白さを伝えた「活動弁士」の初めての通史。弁士名鑑のほか、人気弁士や当時の封切り館などの写真も掲載。
(共和国 6600円+税)
「桜庭一樹のシネマ桜吹雪」桜庭一樹著
写真家イリナ・イオネスコは、娘エヴァが4歳から12歳のとき、娼婦のような化粧と肌もあらわな衣装で扇情的なポーズをとらせて写真集「鏡の神殿」を発表し、名声を手に入れた。桜庭はこの写真集から影響を受けて、長編小説「ファミリーポートレイト」を書いた。
エヴァはロリータ・スターとして有名になったが、40代のとき、母との確執や自分の苦悩を描いた自伝的映画「ヴィオレッタ」(2011年)を製作する。さらに「子供時代を奪われた」と母を提訴して写真のネガを取り戻した。桜庭は、映画は「物語としては昇華されていない」と感じた。(「少女のトラウマが“物語化”されるとき」)
ほかに、自分が二重人格であることに気づかず、2つの人生を生きる男を描いた「複製された男」(ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督)など、創作者の視点から心に残った映画を紹介する。
(文藝春秋 1500円+税)
「シネマ・ウィズ・カクテル」八月の鯨/シネマンション監修
19歳のカトリーヌ・ドヌーヴが主演した「シェルブールの雨傘」の名をつけられたカクテルは、ヒロインの華やかさを表すローズシロップの上に、青いシャツ姿の恋人を表すブルーキュラソーを重ねて、甘さの中にほろ苦さがあり、悲恋を暗示した。
哀切なメロディーが心に残る「第三の男」は、ポワール・ウィリアム、アンゴスチュラ・ビターズ、トニックウオーターのカクテルにブラヴォドをフロートし、スライスしたグレープフルーツをグラスの縁に立てて観覧車を表現した。
「アラビアのロレンス」は、灼熱の砂漠からインスピレーションを受けて、ダークラムにショウガの辛味が効いたストーンズジンジャーワインとジンジャーエールの組み合わせ。母国イギリスとアジアからぞんざいに扱われたロレンスの失意の味?
映画をイメージしたオリジナルカクテルが登場する120の名画を堪能しよう。
(オーイズミ 1600円+税)
「孤独のキネマ」森田健司著
1963年11月22日、J・F・ケネディ米国大統領が暗殺された。この事件を捜査するギャリソン検事を描いたのが「JFK」だ。終盤で、偽名の元軍幹部が、ケネディの平和主義に危機感を抱いたペンタゴン、CIA、軍需産業、ジョンソン副大統領らが関与したクーデターだとリークする。ウォーレン委員会がオズワルドの単独犯行説を発表したため、陰謀論が生まれ、アメリカ国民は「国家を疑え」という意識を植え付けられた。
安部公房の難解な不条理劇を映画化したのが「砂の女」(1964年 勅使河原宏監督)。昆虫採集に来た男が砂の壁に囲まれた家に住む女に捕らわれる。初めは脱出しようとするが、そのうち湧水の実験に没頭し、逃げる気を失う。
他に「男はつらいよ」など、新聞記者の視点で108作品を論評する。
(松柏社 1600円+税)