「妻と娘の唐宋時代」大澤正昭著
日本で女性史というジャンルが歴史学の中にきちんと位置づけられるようになったのはそれほど古いことではない。1970年代ごろから徐々に女性史関係の著作が現れ、80年代にはフェミニズムと、90年代にはジェンダー論と結びついての女性史研究が盛んになり、新たな女性史像が打ち出されるようになった。
本書は、中国の唐宋時代(7~13世紀)の女性、家族に焦点を当てた中国女性史の研究を紹介したもの。
中国の歴史史料といえば、史記、漢書、三国志、後漢書といった男性の知識人層が記したものが主で、そこには多分に男性中心の国家観的な視点に貫かれていて、ごく普通に暮らす女性のことはほとんど書かれていない。そこで本書では、古代から唐・五代までの小説(日本でいうフィクション作品ではなく、ちっぽけな話、つまらない話の意、神話、伝説、聞き書き、随筆などが含まれる)を集めた「太平広記」、南宋時代の志怪小説(不思議な出来事を記した小説)を集めた「夷堅志」、さらには南宋時代に行われた裁判の判決文をテーマごとに分類した「名公書判清明集」などの正統的ではない史料を駆使している。そこに登場する女性の姿から、当時の女性の暮らしぶりを照らし出そうという試みである。ことに「夷堅志」は登場人物の48.7%が女性という、女性史研究の貴重な史料だ。
それらの史料から浮かび上がるのは、儒教的倫理に縛られて、男性の陰で耐え忍ぶといったステレオタイプの女性像ではなく、無能な夫に対して離婚を申し渡したり、一族郎党を率いて強大な権力を維持した威勢のいい女ボスなどの姿、意外にも女性に公平な財産相続の在り方などだ。
一方で、「溺女」(生まれたばかりの女児を水に漬けて殺すこと)という風潮が横行し、総出生数における女児の比率が19%というアンバランスな数字となっていることも明らかにされている。本書は通史的な叙述ではないが、中国女性史のさまざまな方向を示しており、今後の動向が注目される。 <狸>
(東方書店 2420円)