「目の見えない白鳥さんとアートを見にいく」川内有緒著

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 目の「見えない」人と一緒にアートを「見る」。形容矛盾めいたタイトルだが、本書を読み進めていくうちに、これを矛盾と思ってしまうのは、先入見にとらわれた大いなる錯誤であることがわかってくる。

 白鳥建二さんは年に何十回も美術館に通う全盲の美術鑑賞者。友人に紹介されて、著者が初めて白鳥さんと会ったのは東京・丸の内にある三菱一号館美術館。目が見えない人が美術作品を「見る」とはどういうことなのだろうと想像をめぐらしながら、著者は白鳥さんをアテンドして一つ一つの絵を説明していくのだが、ピカソの《闘牛》という絵を前にして、著者と友人は混乱に陥る。いろいろな角度から見た対象物を混然一体に描くピカソの絵をうまく説明することができないのだ。

 しかし、2人が戸惑っているこの様子を白鳥さんは面白いという。どうやら彼は、作品に関する正しい知識やオフィシャルな解説は求めておらず、目の前で行われる筋書きのない会話に興味があるようだ。またある作品を前にしてある男性学芸委員が「湖があります」と言った後に、よくよく見直して、湖ではなく原っぱだと訂正した。それを聞いた白鳥さんは、“見える人”も実はそんなにちゃんと見えていないんだとわかり、気が楽になったという。そう、白鳥さんと一緒に作品鑑賞すると、自分の思い込みや勘違いに度々気づかされるのだ。

 白鳥さんが美術館通いを始めたのは、大学生のときにデートで行ったレオナルド・ダビンチの解剖図展がきっかけで、作品そのものよりも美術館の静かな雰囲気や説明にわくわくした。「美術館に行くなんて、なんか盲人らしくない行動で、面白い」と思って、以後自ら美術館に電話をかけて、作品を見たいのでアテンドを依頼するようになったという。

 そんな白鳥さんに導かれるように、著者たちはいくつもの美術館を訪れ、白鳥さんの見えない目を通して、流れ続ける時間、揺らぎ続ける記憶、差別と優生思想といった、普段は見えないもの、一瞬で消えていくものを発見していく。 <狸>

(集英社インターナショナル 2310円)

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