須賀しのぶ(作家)
1月×日 今年初の仕事打ち合わせはインドカレーの会。美味しすぎて感動していたら、いつのまにかスケジュールになかった短編を書くことになっていた。不思議だ。やはり対面で食事しつつだといろいろアイデアが湧く。カレーの味を噛みしめながら帰宅して、風呂で読書。冬の風呂読書は肩が冷えるので長時間は避けたいが、面白くてあがり時を失い、すっかり冷えた。
読んだのは、降田天著「朝と夕の犯罪」(KADOKAWA 1870円)。哀しく、力強いミステリーだった。前半の父子の逃避行が、ひどい状況のはずなのにとても楽しそうで心を掴まれる。ディティールの描写が絶妙なんだなあ。しかし虐待の連鎖は辛い。伝播する呪いそのものだ。酷い現実よりもやさしい幻想が必要なこともある、それを許すのも愛だみたいな話を昔読んだことがあるが、その幻想とやらは結局は誰かの犠牲の上に成り立っているんだよな……とこの作品を読んで痛感した。幻想が崩落するきっかけが、またうまい。辛い話なのに読んだ後は清々しいのは作者の腕だ。
1月×日 昨年中にあがっているはずのWWⅡ時代ものが煮詰まっている。原稿中は同時代舞台の小説は積んでおくけれど、まるで出口が見えないので、自分に活を入れるべく、逢坂冬馬著「同志少女よ、敵を撃て」(早川書房 2090円)を読み始める。ソ連の女性狙撃兵の物語。人物紹介が続く冒頭こそ戸惑ったが、後は夢中で一気読み。面白い。戦場の描写が凄い、資料のおとしこみがうますぎる。これで新人とか正直信じたくない。復讐から友情、愛。戦場の狂気。撃つべき敵とは何か。みっちり詰まった贅沢な作品。
ふと、「戦争は女の顔をしていない」以来、ネットでもWWⅡソ連を部隊にした女性同志の小説をよく見かけた(しかもどれも素晴らしい)ことを思い出した。数多の人の創作意欲を掻き立てる本というのは素晴らしい。この同志少女の熱い戦いで、冬眠していた私の脳みそもようやく動き始めたような気がする。感謝。