「日本橋に生まれて」小林信彦著
週刊文春の連載コラム「本音を申せば」は、23年続いた大人気シリーズ。23巻目の本書は、その完結編にあたる。
第1部「奔流の中での出会い」では、野坂昭如、渥美清、横溝正史、橋本治、大島渚ら、今まで出会った忘れがたい人々とのエピソードを紹介。江戸川乱歩についてのコラムでは、失業中に推理小説専門誌「宝石」にたびたび投書するうちに乱歩から手紙をもらい乱歩邸に挨拶に行ったこと、乱歩の推薦でいきなり無名の自分に雑誌を任せられたこと、その後独立を促したのも乱歩だったこと、乱歩の葬儀で出棺を見送ったときのことなどがつづられている。
第2部「最後に、本音を申せば」は、著者の人生経験と審美眼を照らして見えてくる2021年の事象がテーマ。最終回「数少い読者へ」では、今回の東京オリンピックから昭和15年にあった皇紀2600年の記念行事を想起し、その後、戦争へと向かっていった時代との類似点を指摘している。
著者は、連載中に脳梗塞や骨折などの試練がありながらも、90歳目前の今まで現役で書き続けている。熟練の忖度(そんたく)のない筆致が何とも気持ち良い。
(文藝春秋 2420円)