「女優」大鶴義丹著
小劇団を主宰する三岳テツロウは、アングラ俳優だった父と新劇の看板女優だった母の一人息子だ。母が有名女優であることを知ったのは小学校の入学式のとき。他の親たちが母を取り囲んで写真を撮っていたからだ。
母のことを恥ずかしいと感じていたが、大学の演劇部で舞台に立ったとき、変化が起きる。観客席からの視線を見て、かつて向けられた好奇と悪意の瞳が、観客の瞳と入れ替わったように感じた。70歳を過ぎた母は仕事を絞るようになったが、テツロウの恋人、フキコが書いた台本を見て、「この母親の役を私がやりましょう」と言った。それは2人が頼みたいが言い出せなかった鬼母役だった。
演劇の世界に生きる母子の葛藤を描く。
(集英社 1870円)