「陰の季節」横山秀夫著
欧米の警察小説は、組織から外れた個性的な刑事が難事件に挑むといったパターンが多い。日本の警察小説にもその手のものがあるが、警察という巨大な機構の一員としての悩みや矛盾、人間関係などを描いたものが多いのがその特徴ともいえる。
その代表的な作品が横山秀夫の〈D県警〉シリーズだ。警察小説でありながら、刑事部ではなく警務部の人間を主人公にしており、独特の雰囲気を醸し出している。本書は、映画にもなった長編「64(ロクヨン)」に連なるシリーズ第1作。
【あらすじ】県警警務部警務課の二渡真治は、40歳で警視昇任という異例の出世を遂げ、「人事のエース」として皆から一目置かれている。今年も定期人事異動の名簿作業が大詰めとなってきた。もう一息で完了というところに課長の白田に呼ばれた。刑事部長を最後に勇退した大物OBの尾坂部が、任期満了を前にして天下り先の幹部ポストを辞めないと言い出したのだ。
このままでは次に予定していた退官幹部の行き場がなくなってしまう。申し分のない経歴を経てきた尾坂部がなぜそんな駄々をこねるのか。二渡の問いに尾坂部は口を閉ざすが、調べていくうちに5年前の未解決事件が浮上する……。
【読みどころ】この表題作のほか、監察課を扱った「地の声」、鑑識課と警務課婦警担当係長が登場する「黒い線」、秘書課を舞台にした「鞄」の計4編が収められているが、いずれも濃密な人間関係を背景に緊迫した心理サスペンスになっている。
凄惨な殺人事件が起こるわけではないが、警察という巨大組織の管理部門で引き起こされる人間ドラマをここまで濃密に描いたことで、著者が警察小説というジャンルに新機軸を据えたことは間違いないだろう。 <石>
(文藝春秋 605円)