「檸檬の棘」黒木渚著
父親が死んだ。戸籍上の他人になった10年前から、父親を徹底的に拒絶しようと決めて生きてきた栞は、だから葬式にも参列しなかった。死の1カ月前、末期がんで緩和ケアに入っていると聞いたが、見舞いにも行かなかった。父親への強烈な怒りを糧に生きてきた栞は、うかつに同情などしたくなかったからだ。
田舎町で育った栞は小学校卒業と同時に家を離れ、県外の私立の女子中高一貫校に入学。寮生活を送っていた栞の知らないところで家族は終わった。最後にあの家に漂っていた空気も、交わされた会話も知らないまま突然「終わった」という事実を受け取り、なす術もなかったのだ……。
歌手、そして作家として活躍する著者が、父親への屈託を抱え生きてきた自らの青春時代を独特の文体でつづった私小説。
(講談社 704円)