日本の文化の源泉が見える江戸本特集
「江戸500藩全解剖」河合敦著
200年以上にもわたる史上まれなる平和な時間が流れた江戸時代を深掘りしてみると、現代の日本に通じる日本独特の文化や秩序の源泉が見えてくる。コロナの流行や円安で、プチ鎖国状態に陥った今こそ、江戸本を読みつつ江戸時代を振り返ってみよう。
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初期から後期にかけて260から280ほどあった江戸時代の藩だが、後継ぎがいなかったり不始末を起こしたりして断絶されたものも合わせると約500存在した。本書は、関ケ原の戦いから廃藩置県に至るまでの江戸時代の藩の戦略を解説したもの。天下分け目の関ケ原でどう立ち回ったかで命運が決まり、その後飢饉(ききん)や財政難などの難事に各藩が涙ぐましい生き残り作戦を立てた様子が描かれている。
たとえば最大の外様大名だった加賀藩前田家は、幕府から謀反の噂を立てられたため、苦肉の策として3代目藩主利常が殿中で下半身をさらして放尿し「バカ殿」の演技を熱演。世にも珍しい処世術で切り抜けている。
巻末には「日本最強の藩はどこだ!? 実力格付けランキング」も収録。住まいの地域の藩の実力を調べてみてはいかが?
(朝日新聞出版 1045円)
「江戸の怪談がいかにして歌舞伎と落語の名作となったか」櫻庭由紀子著
皿屋敷や耳なし芳一など、有名な怪談の原話が生まれたのは江戸初期から中期。文化文政の化政期にエンタメとして完成し、その面影は都市伝説やラノベの異世界転生物にも散見される。
本書は、江戸期の怪談が、どのように各種の芸能に展開したかを解説したもの。当時の社会背景も織り込みながら、現代に継承される怪談の流れを追う。
四谷怪談の場合、毒を飲んで醜くなったお岩さんが有名だが、これは鶴屋南北の歌舞伎狂言「東海道四谷怪談」での姿。元ネタの噂話やその後の落語ではまた違った話となっている。著者は時代が生み出した亡霊がお岩さんであり、男尊女卑への女の不満が、男への恨みを晴らすお岩と重なって喝采を浴びたと分析。令和のお岩さん話なら、セクハラやDVに立ち向かうだろうと説いている。
(笠間書院 1980円)
「江戸の道具図鑑」飯田泰子著
江戸の生活を知る手がかりとなるのは、この時代に日常的に使われていた道具だ。器や調理具などの食事にまつわる道具、化粧道具や装身具などの装いの道具、収納や照明などの住まいの道具、娯楽のための遊びの道具、文房具などの学びの道具、旅する際の旅の道具、婚礼や行事などにまつわる儀礼の道具など、約700点もの図版を収録し、その使い方を解説したのが本書だ。
たとえば江戸時代の食に必須なのが膳。人数分の膳が用意されたスタイルは武家でも商家でも変わらないものの、身分により膳の種類や数、並べる器の数が変わる。普段使いされた箱膳や木具膳、四隅に足をつけた四足膳、貴人専用の懸盤や三方なども紹介。近世風俗誌の「守貞謾稿」や江戸期の訓蒙図彙などから採用された図版が当時の生活を伝えてくれる。
(芙蓉書房出版 2750円)
「お白洲から見る江戸時代」尾脇秀和著
人々が砂利敷きの場所に平伏し、お奉行さまが高い位置の座敷に着座して、尋問の末に判決を申し渡す──。
「大岡越前」や「遠山の金さん」でお馴染みの光景を思い出してほしい。この江戸時代のお裁きの場を「お白洲」という。本書は、この「お白洲」という空間で可視化される江戸時代の身分の秩序に迫った異色本だ。
そもそもお白洲は、変わった構造をしている。砂利の敷かれた空間は、現代人がイメージする庭ではなく、屋根と板壁で囲まれた空間であり、奉行の座る座敷と砂利の間には2段の段差をつけた縁側があった。薄縁畳を敷いた上の縁側を上椽、板敷きのままの下段を下椽といい、身分に応じて座る席が決められた。
奉行所の役人が頭を悩ませた座席問題に象徴される江戸の秩序観が面白い。
(NHK出版 1078円)
「江戸藩邸へようこそ 三河吉田藩『江戸日記』」久住祐一郎著
江戸藩邸とは、参勤交代で江戸に滞在中の大名や江戸居住が義務付けられた大名の家族が暮らしていた空間兼江戸における藩の役所を指す。江戸の武家地の55%が、この江戸藩邸だったといわれている。
本書は、三河吉田藩の松平伊豆守家の記録をもとに、当時江戸藩邸で働き暮らしていた人々の生活を解き明かしたもの。たとえば火事の多い江戸で、松平伊豆守の江戸藩邸も明暦3年から弘化4年までの191年間で42回、およそ4年半に1度は火事に見舞われていた。火事の後、菩堤寺の野火止平林寺の境内林から杉700本を調達して建て直したエピソードも紹介されている。
ちなみに吉田藩の上屋敷があった場所には、現在東京駅のホームがあるのだとか。東京と地方をつなぐ下地となった江戸藩邸の役割がリアルに感じられる。
(集英社インターナショナル 968円)