徹夜必至 最新長編ミステリー特集
「幻告」五十嵐律人著
もうすぐ、クリスマスにお正月と、例年なら心浮き立つ季節だが、物価高騰で懐も寂しいし、コロナも依然として収まらず、イマイチ気分が盛り上がらない。今週は、そんなこんなでお正月休みを持て余しそうな人にオススメの長編ミステリーを特集する。どれも徹夜必至の読み応えのある作品ばかりですぞ。
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裁判所の書記官・傑が補佐する裁判官の烏間は、その発言によって当事者を導く訴訟指揮が得意。その日も、閉廷間際に万引を繰り返す被告に突然、夫を亡くしたのは何年前か質問をし、検事や弁護人はその意図を測りかねていた。
閉廷後、傑は突然意識を失う。目覚めると大学生だった5年前に戻っていた。その日は母子家庭で育った傑が3カ月前にその存在を知った父親の初公判の日だった。再婚した妻の連れ子に対するわいせつ罪を問われた父親は、担当裁判官の烏間に無罪を主張。すべてが5年前に体験したことと同じで夢だと疑わない傑は、一緒に傍聴する同級生の藍に被告が自分の父親だと打ち明けてしまう。現実に戻った傑は、藍への告白によって現実が変わっていることに気づく。そんな中、烏間が有罪判決を下した父親の裁判資料を見直していることを知る。
法廷劇とタイムスリップが融合した現役弁護士による徹夜必至の長編。
(講談社 1870円)
「あさとほ」新名智著
長野の小さな町に暮らす夏日が小2のとき、双子の妹・青葉が転校生の明人を運命の人だと言い出す。2年後、夏休みに3人で出かけた山の中で青葉が突然消えてしまう。家に戻ると、不思議なことに両親も町の人も青葉のことを知らず、青葉が存在した痕跡はどこにもなかった。明人もその後、すぐに引っ越してしまった。
12年後、大学に通う夏日の卒論指導の教授が失踪。友人の亜津沙によると、5年前にも同様の出来事があったらしい。数日後、連絡が取れない亜津沙を心配して部屋を訪ねた夏日は、彼女の変死体を見つける。パソコンには「あさとほ」という題名だけが伝わる古典文学について書きかけの論文が残されていた。亜津沙の葬式の日、夏日の前に突然明人が現れる。夏日が妄想かもしれないと思い始めていた青葉を、明人はまだ捜していた。
横溝正史ミステリ&ホラー大賞受賞作家による待望の新作。
(KADOKAWA 1760円)
「犬を盗む」佐藤青南著
警視庁捜査一課の植村は、世田谷の自宅で資産家のタカ子が殺された事件を捜査。タカ子は室内で犬を飼っていたようで、現場に到着した植村は冷や汗を流す。犬が苦手なのだ。先着した同僚によるとタカ子の愛犬は1年前くらいに死に、庭に埋められたようだという。現場の状況から顔見知りの犯行と思われたが、近所に住む娘によると、タカ子は気難しく誰も家には近寄らなかったという。
同じころ、コンビニのアルバイト店員・鶴崎は同僚の松本が犬を飼い始めたと知り、アパートに押しかける。犬には興味がないが、ある事情から松本の身辺を調べているのだ。捜査が難航する中、植村と所轄署の下山は、タカ子の犬仲間を探し、被害者の別の顔を知る。さらに、タカ子が愛犬の死後、新たに犬を飼い始めたことを突き止める。しかし、現場でその犬は見つかっていない。
犬への深い愛、複雑な飼い主同士の関係など、現代のペット事情を織り込みながら一匹の白い犬の数奇な運命を描く長編。
(実業之日本社 1870円)
「仕掛島」東川篤哉著
岡山経済界の重鎮・西大寺吾郎が病死。弁護士の沙耶香は、西大寺家の顧問弁護士の父の代理として、瀬戸内海に浮かぶ斜島に渡る。
葬儀の翌日、遺族らの前で沙耶香の父親が吾郎の遺言状を開封したのだが、そこには一通の封筒と便箋が入っていた。便箋には同封した本当の遺言状の開封は、斜島にある西大寺家の別荘で、妹の雅江と3人の子ども、そして甥の鶴岡和哉の5人の立ち会いの下で行われるよう書かれていた。雅江が雇った探偵が20年以上行方が分からなかった鶴岡を捜し出し、斜島に連れてきた。別荘に集まった遺族や関係者は14人。吾郎の四十九日の法要後、彼らの前で沙耶香が遺言書を開封する。翌朝、3000万円もの遺産を受け取った鶴岡の他殺体が別荘の裏庭で見つかる。あいにく台風が接近しており、警察は島に近づけない。沙耶香は、鶴岡が生前、西大寺家の秘密を握っているかのような発言をしていたのが気になる。
絶海の孤島で繰り広げられるユーモア本格推理。
(東京創元社 1980円)
「紙の梟」貫井徳郎著
ファッションデザイナーの野明が何者かに暴行され、公園に放置される。搬送先の病院に直行した所轄署の刑事・吉川は担当医の話に言葉を失う。野明は両目を刺され失明、舌と両手の指を切り取られていた。
怨恨による犯行と思われたが、そこまでしながら犯人が被害者の命を奪わなかったのは、死刑を免れるためだ。裁判員制度の試行錯誤の結果、厳罰化が進み、日本では人をひとりでも殺したら死刑というルールが定着したのだ。
事件が報道されると、死刑賛成論者と廃止論者による論争が沸き起こる。吉川が大学生のとき、5歳の姪を殺した犯人も死刑になった。その体験から、死刑が全てを解決するわけではないことを知った吉川は、死刑について考えると思考停止に陥ってしまう。(「見ざる、書かざる、言わざる」)
ほかにも、殺された恋人が偽名を名乗っていたことを知り、彼女の素性を調べる作曲家を主人公にした表題作など、人ひとり殺したら死刑になる世界を舞台にして描く作品集。
(文藝春秋 1980円)