絶版本から翻訳本まで 本との出合いに役立つ本特集
「老年の読書」前田速夫著
読書好きといえども、手に取るのは似たような作風の本ばかり、ということはないだろうか。そこで今回は、新しいジャンルの作品や初めての作家との出合いを後押しする5冊をピックアップ。著名人イチおしの絶版本から第一線で活躍する人々にとっての古典など、読書案内として役立ててほしい。
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文芸誌「新潮」の編集長を務めた著者は、ステージ4のがんと診断された経験を経て、書斎の断捨離を決行。本書では、そんな著者が厳選した、老年をどう生きるかを考えるのに役立つ50冊を紹介している。
歴史書や文芸評論で知られるフランスの知識人アンドレ・モロアは、人生の処方を説いた平易な書物も記してきた。中でも1952年発行の「私の生活技術」はその代表で、第5章の「年をとる技術」が非常に役立つという。
それは、若さを過ぎ越した人間が、なおも希望を失わない技術のこと。大切なのは働くことによって老衰から救われることと、老年を受け入れることであり、一番質がよくないのは、向こうから逃げていくものにへばりつくことだと説いている。
老いの意味や病との向き合い方、そして死について考えることなど、誰にとっても避けられない問題と向き合うために読みたい名著の数々が紹介されている。
(新潮社 1650円)
「翻訳はめぐる」金原瑞人著
600冊超を翻訳してきた著者による、翻訳本にまつわるエッセー。
「ポピー」という動物ファンタジーを翻訳したとき、一大事が起きた。“ポピーは左耳にピアスをつけている”と訳したが、挿絵では右耳につけているという。原書が間違っているのかと思いきや、原書では左耳にピアスが。校了間近の発見で、編集者も著者も真っ青になったという。
このからくりは、英語は横書きで、日本語は縦書きな点にあった。左から右へ読んでいく英語に対し、日本語は右から左へ読む。この読み方の違いで生じる違和感を解消するため、挿絵は反転させることが多い。そのため、ピアスの位置が変わってしまっていたのだ。
ただし、「星の王子さま」などは絵が有名過ぎて反転させることが躊躇(ちゅうちょ)され、日本語訳が横書きにされているそうだ。
翻訳本はとっつきにくいと感じてきた人の好奇心をくすぐり、手に取ってみたいと思わせてくれそうだ。
(春陽堂書店 1870円)
「あなたのなつかしい一冊」池澤夏樹編、寄藤文平絵
毎日新聞「なつかしい一冊」の書籍化。多ジャンルの執筆陣が選ぶ、“自分にとっての古典”ともいうべき大切な本を紹介している。
世界的建築家である隈研吾氏にとっての一冊は、ヒュー・ロフティング著「ドリトル先生 アフリカゆき」。子どもの頃の夢は獣医であり、同書を手に取って“大人になったら動物の言葉を勉強してアフリカに行く”と心に決めていたそうだ。学生時代にはサハラ砂漠縦断の旅へも出かけ、そのときに見た個性的な集落の風景は、自身の建築のベースにもなっていると語る。
現代社会の光と影に切り込む経済小説作家の真山仁氏が推すのは、アガサ・クリスティ著「オリエント急行の殺人」だ。情報を見極める力が磨かれ、“嘘の構図”の読み解き方が分かるようになるという。中学卒業までに大半のクリスティ作品を読みつくしており、現在の氏の土台となったことがよく分かる。
自分にとっての古典となり得る本を探したくなる。
(毎日新聞出版 1870円)
「絶版本」柏書房編集部編
発行が終了している絶版本の中にも、名著になり得る作品が隠れている。本書では、さまざまな分野の論客たちが、“今こそ語りたい絶版本”について大いに語っている。
明治学院大学名誉教授で日本政治思想史が専門の原武史氏が挙げるのは、1974年発行の竹内好著「転形期─戦後日記抄」。竹内氏は思想家であり中国文学者だったが、60年5月に岸信介内閣による衆議院での新安保条約強行採決に抗議して東京都立大学を辞職。本書はその後、自由な時間ができた時期に書かれた日記だ。
面白いのは、気難しそうな学者というイメージが随所で裏切られるところだという。サントリーの広告を依頼され、「70文字で1万円ですって」という妻の言葉に「俺が金で動くと思うか!」と怒鳴ってはみたものの、直後に3案も提出してしまうなど人間くささがあらわになっている。
(柏書房 1760円)
「代わりに読む人0 創刊準備号」友田とん編
作家である著者が刊行した文芸誌「代わりに読む人」。その創刊準備号と題した本書では、有名・無名の分け隔てなく、さまざまな分野から寄稿者を募り、「準備」をテーマに執筆を依頼。その結果、個性豊かなエッセーや小説が集まっている。
長年書店員として働いていたが、今は文筆業及び農家見習いとして生計を立てている鎌田裕樹氏。農業という営みは、準備の連続だとつづる。何しろ、作物によって異なる時系列を、限られた農地で計画を立て、テトリスのブロックのように組み合わせて営農していかなければならない。「過不足なく準備をしろ」という農業の師匠の言葉が重くのしかかる。
その昔、「姓」は仕事を表した。“百の仕事をする人”という意味で、鎌田氏は「百姓」という呼び名に憧れ、いつかそう名乗れるようになりたいと語る。
執筆陣が今年読んだ本も紹介。“次に作品を読みたい人”を見つけるのに役立ちそうだ。
(代わりに読む人 1980円)