「闘う図書館」豊田恭子氏
近年、日本各地の公立図書館で講演会やセミナー、展示会など本を貸す以外のことも行われるようになった。そんな日本の図書館の動向を報告するために、2017年、著者は米シカゴで開催されたアメリカ図書館協会の年次大会に参加したところ、アメリカ図書館界のケタ違いのスケールの大きさに圧倒された。
「ヒラリー・クリントンら大物政治家からイーサン・ホークら映画スター、スポーツ界の人までが集い、自身の読書体験などについて語り合い、ライブラリアン(図書館情報学修士号所持者)たちがグーグルなどIT企業や出版社の人たちと熱く議論する場もありました。そんな中でも私が最も衝撃を受けたのは、ライブラリアンたちが自分たちの社会的役割を見定め、連帯感や気概を持っていたことですね」
本書は、著者が出合ったアメリカの図書館での事例紹介に始まり、その背景を解き明かしたものだ。
コネティカット州の図書館では館長が呼びかけて警察官や治安が悪い地域の住民代表らが集い、街の問題点の話し合いを数カ月間続けた。その結果、放課後の居場所がない子供たちの問題がドラッグや暴力につながっていると分かり、図書館で子供たちのダンスパフォーマンスの時間を設けるようになった。また、ペンシルベニア州の図書館では食堂を開放して移民の人たちが母国の料理を作って教えるプログラムを設け、図書館発の異文化ネットワークを築いていた。
「図書館はあらゆる分野のコンテンツを持っていますから、ライブラリアンたちがコミュニティーの課題をあぶり出し、図書館が貢献できる企画をまとめ、連邦政府や州に企画書を提出するんです。競争率は激しいですが、採択されると予算を得て事業を実現できます。日本では現行の規則はなかなか変えられないことが多いわけですが、アメリカでは新しいことを始めようとすれば、すぐに制度の変更や追加予算の主張が始まり、関係者間での論争が沸騰するんですよ。で、国も地方自治体も重点政策には予算をつけますから、そこに絡められると図書館に資金が回ってくるんです」
公共図書館の予算総額が日本では3000億円程度だが、米国ではその7倍の2.2兆円にも及ぶそう。勝ち取った予算で3Dプリンターやレーザーカッターなど最新の電子工作機器を用意した大人向けのメイカースペース(ものづくり工房)を備える図書館までが米国各地にあるそうだ。
このように米国には日本の図書館の概念を超えた図書館が目白押しだが、実は近年、図書館の存在をゆるがす大ピンチがあり、ライブラリアンらが一丸となってそれを乗り越えたからこその今の姿なのだという。
「トランプが2017年に就任すると、『政府は文化組織に税金を使うべきではない』として、連邦の図書館補助金のカットを提言したんですね。すぐにアメリカ図書館協会(ALA)の会長は、『全米のALA会員と、図書館を支援する議員と、図書館利用者を総動員して阻止する』と宣言し、ALA会員全員が自分の選挙区の選出議員に電話をかけ、署名も集めるなど大規模な反対運動が起こったんです。出版社、データベース会社など図書館関連24団体も結束して素早く動き、トランプに補助金カットを撤回させたんですよ」
さすが筋金入りの民主主義の国。本書のタイトルが「闘う──」なのも納得である。
「自分は図書館を利用しない、という人もいるかもしれませんが、ある日突然、職を失ったりすると、多様に情報を集められる地域図書館の必要性を感じるはずです」
図書館のあり方について考えさせられる一冊だ。 (筑摩書房 1760円)
▽豊田恭子(とよだ・きょうこ) 1960年生まれ。ビジネス支援図書館推進協議会副理事長。北海学園大学非常勤講師。出版業界紙記者を経て米シモンズ大学(ボストン)で図書館情報学修士号取得。帰国後、金融機関などに「企業ライブラリアン」として勤務してきた。「ちょっとマニアックな図書館コレクション談義 またまた」(共著)など。